世界文化賞のピアニスト、ピレシュ「コンクールはイマジネーションを殺します」と警鐘
ピレシュのピアノは派手なところはなく内省的で、作品の本質を表現した。バイオリンのデュメイ、チェロのメネセスらとの室内楽もよくしたが、相手の個性を邪魔することなく、自然に音楽に寄り添った伴奏が印象に残る。
1999年、ポルトガルにベルガイシュ芸術センターを設立、プロの音楽家や音楽愛好家を対象とする学際的なワークショップを開いている。また2012年、ベルギーで恵まれない環境の子供たちのためのパルティトゥーラ合唱団を創設した。パルティトゥーラ・ワークショップとともに、これらパルティトゥーラ・プロジェクトは、競争に焦点が当てられがちな世界に代替案を提案し、異なる世代のアーティストの間に利他的な力学を生み出すことを目的としているという。彼女は芸術を取り巻く社会に常に目を向けている。
「ホールや美術館など芸術があまりに限定されたものになっています。恵まれた豊かな人だけがホールに来ます。私が今取り組んでいるのは子供たちの合唱です。きらびやかな世界だけではなく、若手アーティストは、たとえば病院に行き、患者の痛みを感じるのです。社会的な活動を経験させることが必要です。そういうモチベーションを与えなければいけません。若手アーティストは自分が重要な存在だと思っている人が多いと思います。それはエゴイストです。ホールで演奏し、誰かに何かを与えられるというのは幻想です」と舌鋒は鋭い。
■コンクール信仰は幻想
コンサート活動から引退すると宣言し、2018年、日本でも引退公演が行われた。あまりに商業的、ビジネス的になり過ぎた音楽界に嫌気がさしたらしい。しかし、実際には引退することなく、演奏活動は続けられている。
「コンクールで受賞しなければキャリアが歩けない、というのははっきり言って幻想です。演奏家は演奏で聴衆とイマジネーション(想像力)や普遍的なものを共有するのです。その瞬間を共有するのです。イマジネーションは自分のものではありません。そのためには楽曲を〝発見〟することです。音楽の理解が深まり、自分が解放されます。コンクールは勝つことだけが目的で、イマジネーションや自由を殺してしまいます」と話した。(江原和雄)