古代日本で大海原へ漕ぎだした先駆者たち 命がけの大冒険をした遣唐使と万葉歌にこめられた想い
聖徳太子の時代に遣隋使(けんずいし)が成功して大陸国家と直接の交流が始まり、続いて遣唐使に引き継がれますが、その渡海の様子を考えてみましょう。遣唐使の政治的意義はこれまでに様々検討されていますので、私は遣唐使船に乗って出ていく人々や送り出す人々の心境を、万葉歌を参考にして探ってみようと思います ■和歌を通じて古代の人々の想いにふれる 21世紀の現在は、高額なチケットを手に入れれば大気圏外の宇宙に旅行をすることができる時代です。そのうち観光客は月にも行くでしょう。 20世紀の終わりごろには、飛行機に乗って海外に出張や旅行をすることが普通になっていました。20世紀のはじめ頃は海外に行くといえば船旅で、それはそれは旅行日数も驚くほど長かったのです。しかし地球が丸く、海で大陸がつながっていることが幸いしてどこへでも行くことができました。 15世紀末にコロンブスらが地球が丸いということを証明し、さまざまな異文明と接触し始めました。 海の向こうには新世界があると信じて、人類は海図もなく太陽や星を目印にして漕ぎ出るという命がけの冒険をしていたのです。 『魏志倭人伝』にあるように人類は弥生時代にも海を渡っていますし縄文時代も丸木舟で外洋に漕ぎ出ていたことが判明していますが、7世紀にはじまる遣隋使や遣唐使の記録は、日本海を越えて対岸に渡るだけでも大変だったことを示しています。記録がはっきりしている8世紀の遣唐使を振り返ってみましょう。 『続日本紀(しょくにほんぎ)』などを探ると、正使が誰で副使が誰、どんな人々が往来したのかなどがわかりますが、私は万葉歌に当時の人々の心境を探ってみました。 ■光明皇后 巻十九・4240歌 「大船に ま舵しじ抜き この我子(あこ)を唐国(からくに)へやる 祝え神たち」 光明皇后らしい歌で、すべての神々に「祝え!」と言っています。ま、これは「守ってください!」という意味なのですが、いずれにしてもことばに勢いがありますね!甥っ子の遣唐大使・藤原清河(ふじわらのきよかわ)に送っています。 ■多治比真人鷹主(たじひのまひとたかぬし) 巻十九・4262歌 「唐国(からくに)に行き足(た)らはして帰り来(こ)む ますら健男(たけお)に 御酒(みき)奉る」 大伴古眞呂(おおとものこまろ)が藤原清河の副使として唐に赴く752年出港の時のもので、「なんと勇気のある誰よりも雄々しい古眞呂に御酒を注がせていただきます」と詠っています。 ■詠み人知らず 巻九・1784歌 「海神(わたつみ)の いづれの神を 祝わばか 行くさも来(く)さも 船の早けむ」 海の神様なら誰でもいいから、とにかく航海の速やかなることを祈ります、とは正直ですね。 ■多治比真人土作(たじひのまひとはにし) 巻十九・4243歌 「住吉(すみのえ)に 斎(いつ)く祝(はふり)が 神言(かむごと)と 行くとも来とも 船は早けむ」 住吉大社に神のことばを聴きに行くと、「大丈夫だ!と保証された」と励ましています。 いずれの万葉歌も日本海を渡る航路の安全を祈っていますし、行きも帰りも順風で、波も静かなことを海神のことばとして伝えています。それほどリスクが高く不安の大きな渡海だったわけです。 『魏志倭人伝』にあるように島伝いで朝鮮半島沿いの航路だったときは、船は2隻で船団を組んでいて安全性も高かったのですが、外交上の事情などで大海原の黄海航路を取るようになると、一気にリスクが大きくなります。そのせいでしょうか、船団は4隻体制になり、鑑真和上の渡海譚にあるように、半数が難破するような事態になったのです。 ゴッドハンドのいる大病院や海洋気象台の無いこの時代は、病気平癒は薬師如来に祈願して、海の安全は住吉(すみのえ)の神にすがるしかなかったのです。 住吉大社のある大阪平野は一面の菜の花畑だったそうで、古代神功皇后(じんぐうこうごう)の時代に初めて遠里小野(おりおの)という場所で菜種油の搾油に成功したそうです。その油は住吉の神々に献灯に供されたといわれています。縄文時代から丸木舟で渡海をしていた人々が住んだ日本列島ですから、海路の安全をご利益とする海神様の神社は古いはずですね。 住吉大社は創建1800年を超えるという古社で、ご祭神は底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒(なかつつ)男命・表筒(うわつつ)男命という海神(わたつみのかみ)と神功皇后を祀る神社です。四角い柱の鳥居が特徴で、住吉造りという国宝のお社が四社あります。 上方落語でも上演される住吉大社は庶民の信仰を大いに集め、今やご利益はいくつあるのかわからないほど神様も集合されています。猫好きの方もお参りしたら楽しいかもしれません。(調べてみましょうw) 人はじっとしていません。常に危険を冒してでも未知の世界へ行こうとします。その本能が人類の発展と繁栄をもたらしたのですが、同時に命の危険は少しでも排除したいのが今も変わらない人情です。おそらくそれは人類発祥以来の気持ちだったのでしょうね。 それでも人は、大冒険に出発するのです!
柏木 宏之