山本俊樹、ボディビル階級別日本一を制す 重量挙げ日本記録保持者がみせた鼠蹊部から真っすぐに浮き出た縫工筋
『山本選手が、ボディビルで日本一を獲った』。 この一言でウエイトリフティングに携わる者、ボディビルに携わる者の両者に衝撃が走ったことだろう。奇しくもこの日は山本選手の誕生日であり、表彰の場では「俊樹、最高の誕生日おめでとう!」の声が響いた。 【写真】“ボディビルダー”山本俊樹選手の鼠蹊部から真っすぐに浮き出た縫工筋
9月8日(日)、静岡県富士市・ロゼシアターでJBBF第28回日本クラス別選手権大会が行われた。日本クラス選手権大会は男子ボディビルは体重別、女子フィジークは身長別で日本一を競う大会であり、今年は東京都・有明コロシアムで催されるIFBB世界女子選手権&ワールドカップ(12/16~12/19)の代表候補選考会としての意味も持つ。 同大会男子ボディビル85kg以下級にて優勝を飾ったのが、山本俊樹(やまもと・としき/33)選手。改めて記す必要もないかもしれないが、山本選手はウエイトリフティングにて世界選手権5位の実績を持ち、2021年に東京2020オリンピック出場、スナッチ、ジャーク、トータルの89kg級日本記録保持者である。2023年より3年間の限定でボディビルに挑戦、7大会目の挑戦での悲願だった。 山本選手がボディビルに参入したのは、脛の疲労骨折による手術でウエイトリフティングから一時離れざるを得なくなったことを起因とする。当初はウエイトリフティングに戻るためにリハビリ以上のトレーニングを求めるためと、怪我で失われたシンメトリーの回復を目的としていた。だが、競技に携わる以上は真剣に向き合わねば無作法と気持ちを改め、3年間はボディビルのためのトレーニングに注力をすると決意した。 「今年、もっとも力を入れたのは“魅せ方”です」 その魅せ方に大きく関与したのは、ゴールドジムノース東京に所属する渡辺実(わたなべ・みのる)氏だ。渡辺氏はボディビル現役時代はNPC(National Physique Committee)で活躍、ラグビー、キックボクシングなど幅広い競技歴を持ち、トレーニングの“裏技師”として独自の指導理論を持つ、名コーチである。 山本選手は渡辺氏に「君はトレーニングに関しては一流だが、ステージで魅せるという意識が足りない。そこを磨けば必ず結果が出る」と熱心に口説かれ、毎週土曜日にポージング指導を受講し、自身でも日々練習を重ねた。ウエイトリフティング時代のモットーは母校・三木東高の部訓でもある“耐えて勝つ”。己の技量に向き合うことのみが要求された。しかし、ボディビルにおいては、トレーニングによる肉体造形と双璧で「他者の目にいかに美しく映せるか」という視点が重要になる。自分にはその視点が欠けていた、と出場を重ねて自戒したのだという。 この注力は、見事に結果としてついてきた。大会審査票は2位となった佐藤茂雄(さとう・しげお)選手と予選審査、決勝審査ともに同点、勝敗の分かれ目となったのはフリーポーズでの審査結果だった。(ボディビルの採点は、同点の際はフリーポーズの成績が優先される)。山本選手の肉体は強みと弱みが顕著に混在する。そこを表現力で補っての勝利であるといえる。 山本選手の一番の強みは脚部。「スクワット先輩」の愛称で知られる通り、何千回と繰り返したスクワットにより年輪を重ねた大樹のような密度感は目を引く。大腿四頭筋の張り出し、両脚の隙間がないほど発達した内転筋。本大会では課題であったカットも素晴らしく、鼠蹊部から真っ直ぐに浮き出た縫工筋は圧巻であった。上半身のボリュームも強い下半身に引けを取らない。スナッチ165kg、ジャーク202kgを挙げる肩と腕はみっちりと詰まり、各部位とも雄々しく隆起している。 課題となっていたのは腹部と胸部。これは、山本選手がウエイトリフティング時代に求められてきた身体と、現在ボディビルで求められる身体が大きく違うことによる。まず、体幹への考え方が異なる。ウエイトリフティングでは過大な重量を支えるため体幹は太ければ太いほどよく、ボディビルでは逆に砂時計のように引き絞られた形状が美しいとされる。山本選手の胴回りは、がっしりと筋肉に覆われている。胸筋の厚みが不足とされるのは、ウエイトリフティングでは肥大した胸筋は動きの妨げになるためほぼ行わないからである。 ウエストの太さや胸のボリュームといった部分の改善は、数年の単位を必要とする。期間限定の挑戦にその猶予はない。山本選手は肉体的な弱点ではなく、今すぐに改善可能な部分へ焦点を当てた。そして、今回の勝利へとつなげた。また、取り組みを変えたものがポージングの他にも2つある。 「一つはトレーニングのタイミングです。これまでは不定期であったため、時間によっては夜の不眠につながっていたことを踏まえ、午前に固定しました。最も栄養とエネルギーが満ちた状態でトレーニングを行うことでパフォーマンスが上がったとともに睡眠の質も改善し、日内代謝が促進された結果、絞りの進度も深まったと思います」 また、今回急激な進化を見せた脚のカットは、昨年からの課題であった。大きさはあってもマッスルコントロールが上手くいかず、筋肉を浮き立たせることができなかったという。それは意外な経緯で解決した。 「渡辺氏がブログで『困ったことに、未だに大会直前まで脚トレをしている人がいる』と書いているのを見て、これは自分のことではないかと思ったんですよ(笑)」 渡辺氏は辛辣な指導者として知られるが、オリンピアである山本選手に対しては物言いを躊躇していると感じていたという。何度か「自分はボディビルに関しては初心者であるから、何でも遠慮なく言ってほしい」と申し出たが、直接言われることはなかった。それで、このような形で伝えてくれたのではないかと思い、実行したのがきっかけだった。 東京選手権から2週間、思い切って脚のトレーニングを休んだ。すると、脚の浮腫みや強すぎる張り感が消え、ポージングで脚に力が入るようになり、突如カットが入った。これが日本クラス別選手権大会に向けて、大きな自信に繋がったという。この出来事について山本選手は、「高強度のトレーニングに慣れすぎていたため、疲労回復までの逆算ができていなかった。しっかりと休んだことで、本当の回復という感覚が分かった」と語った。 次戦となる最高峰の舞台、日本男子ボディビル選手権大会への展望についてを聞いた。 「ファイナリストまでは程遠いが、昨年は一次落ちであったところから二次ピックアップまで残りたい。トップ選手と並ぶことで自分の身体がどう見えるのか、強みと弱みを再確認し、最後の集大成となる来年に生かすためのステップとしたい」 山本選手はすでに来年の自分に目を向けている。そして、その後のウエイトリフティング復帰・ロサンゼルス五輪に向け、悔いのないボディビル競技の終結を迎えるため、すべての失敗と成功を糧にして進化していきたいと語った。
【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。
取材:にしかわ花 撮影:中島康介