【37年続くフジテレビの看板ドラマ枠を徹底討論】一番面白かった「最強の月9」に選ばれた意外な作品
「月9」とは、フジテレビの月曜夜9時に放送される同局の看板ドラマ枠で、’87年から続く、日本のテレビ文化を象徴する存在だ。この枠から、時代を代表する数々の名作が生まれ、特に平成以降は若者文化や恋愛模様を描いた作品が多くの視聴者に支持されてきた。今回、「最強の月9」を決めるべく、元上智大学教授でメディア文化評論家の碓井広義氏とテレビドラマに詳しいライターの田幸和歌子氏が徹底討論した。 【貴重写真】オーラがすごい…!『HERO』の打ち上げ会場から帰宅するキムタク 碓井 とても壮大なテーマですね。月9といえば「トレンディドラマ」というイメージが強いかもしれません。初期の『君の瞳をタイホする!』(’88年)や『同・級・生』(’89年)など、バブル経済期のほとんどのドラマが「美男美女」「カタカナ職業」「最新ファッション」という3つの要素で成り立っていました。「恋愛がすべて!」みたいな感じで、キラキラした都会の人間関係が描かれていました。しかし、’90年代に入ると社会の空気も変わってきて、トレンディドラマは「純愛」という方向にシフトしていった。バブル崩壊とともに、それまでの「華やかな恋愛」から一転、本気で相手を好きになる恋愛が描かれました。その代表的な作品が、『東京ラブストーリー』(’91年)や『101回目のプロポーズ』(’91年)です。 ◆「僕は死にましぇ~ん!」 田幸 『東京ラブストーリー』は、キャッチコピーの「東京では誰もがラブストーリーの主人公になる」の通り、若者の等身大の恋愛が描かれました。織田裕二(56)が演じた永尾完治は、地方から上京したばかりの素朴な青年で、これまでのトレンディドラマの主人公とは全然違った。彼が恋する相手は、鈴木保奈美(58)が演じた同僚の赤名リカ。彼女の名セリフ「カンチ、セックスしよう」ばかりが一人歩きしていますが、あれはリカの真っ直ぐな愛情表現が描かれた重要な場面でした。カンチは発言も行動も大胆なリカに翻弄されながらも惹かれていき、二人は熱烈に愛し合ったものの……最終的にすれ違いで結ばれなかった。当時の月9にしては珍しくハッピーエンドにならなかったけど、だからこそ、いつまでも二人の姿が心に残り続けているのだと思います。 碓井 私は『101回目のプロポーズ』が大好きですね。本作には新しいタイプの主人公が登場しています。武田鉄矢(75)が演じた達郎は冴えない中年男。恋人を失うことへの恐怖を抱えていたヒロイン(浅野温子・63)に対して、達郎はトラックの前に飛び出して「僕は死にましぇ~ん!」と叫ぶ。僕は命懸けであなたのことを愛するんだ。僕は決してあなたの前から消えてなくならない。キラキラとした恋愛ではないけど、本気で思いをぶつける。達郎は、人々の結婚や恋愛に対する価値観の変化を表していました。 ――究極の純愛ですね。月9はその時代の空気を反映しているから面白い。 碓井 その通りです。阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こった翌年に放送された『ロングバケーション』(’96年)も特徴的です。木村拓哉(51)が演じたピアニスト見習いの瀬名と、山口智子(59)が演じた売れないモデル・南が恋に落ちるけど、恋愛は主軸ではない。登場人物たちの将来が見えない苛立ちや、内面に抱えている葛藤が描かれています。1人だと立ち止まってしまうかもしれないけど、2人ならなんとか前に進める――。彼らが互いに支え合いながら成長していく姿が魅力的でした。何より二人のキャラクターが生き生きとしていて、その掛け合いがとても見応えがありました。 ◆キムタクが「俺じゃダメか」 ――キムタクはこれまで、11本の月9で主演を務めています。主演作は常に視聴者から圧倒的な支持を受け、高視聴率をマークしました。象徴的な存在ですね。 田幸 キムタクが月9スターとして一気に注目を浴びたのは実は主演作ではなく、2番手として出演した『あすなろ白書』(’93年)です。ヒロイン(石田ひかり・52)に一途な思いを寄せ続ける役柄で、「俺じゃダメか」と彼女を後ろから抱きしめるシーンは「あすなろ抱き」と呼ばれ大きな話題となりました。キムタクのブレイクのきっかけとなった名シーンです。最近、恋愛ドラマの代表枠となっているTBS「火曜ドラマ」では、『Eye Love You』(’24年)の中川大志(26)や、『西園寺さんは家事をしない』(’24年)の津田健次郎(53)など、2番手の男性が注目される傾向が見られますが、その原点となったのは『あすなろ』のキムタクだと思います。 碓井 恋愛ドラマもいいですが、僕が月9でナンバーワンだと思う作品は『HERO』(’01年、’14年)です。キムタクが演じた検察官・久利生公平を中心に描かれる法廷ドラマですが、この久利生がとにかくクセモノ。高校中退で検事になり、スーツを着ずにいつもダウンジャケット姿。そして、通販マニアで、職場で頻繁に商品をチェックしたり受け取ったりしている。そんな彼が、型破りながらも次々と事件を解決していく姿は、まさにニュータイプのヒーローでした。このドラマは「職業コメディ」という新ジャンルを確立し、月9の幅を広げた作品です。また、変人キャラである主人公が物語を動かしていくという「キャラクタードラマ」としても最初の成功例だと思います。 田幸 キムタクの影響で、ダウンジャケットや通販が流行りましたね(笑)。 変人の主人公で最も魅力的だったのは『のだめカンタービレ』(’06年)で、上野樹里(38)が演じたのだめと、玉木宏(44)が演じた千秋だと思います。のだめは掃除や片付けが苦手で、部屋はゴミ屋敷状態。自由奔放な性格で、規則や常識にとらわれない。その一方でクラシック音楽に対しては天才的な感覚を持っています。のだめが一目惚れした千秋は完璧主義の王子様キャラに見えますが、実は飛行機恐怖症だったり、のだめに振り回されたりと人間味がある。二人の関係がユーモアたっぷりに描かれていて何度でも観たくなります。 ただ、私が一番このドラマが素晴らしいと思っている点は、キャラクターや音楽の魅力を最大限に引き出すために、映像や演出にこだわっていること。猫背になり楽譜を気ままにアレンジしてピアノを弾くシーンには、のだめ独特の世界観が表現されており、誰もがその才能に圧倒されました。 ◆職業モノ、ミステリーの台頭 ――’00年以降の月9は、主人公のキャリアや個々の成長、コメディ要素も重視されるようになりました。 碓井 職業モノとミステリーの増加が目立ちますね。職業モノで代表的なのが『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-(第2シーズン)』(’10年)。その魅力は、チーム全員が主役であることです。ドクターヘリという、これまであまり知られていなかった医療現場にスポットライトを当て、そこで働く医師や看護師たちが、命の最前線で協力し合いながら困難を乗り越えていく姿が描かれています。一人ひとりが抱えるプレッシャーや恐怖、そして医療に対する情熱が深く掘り下げられている。キャスト陣も豪華で、山下智久(39)をはじめ、新垣結衣(36)、戸田恵梨香(36)ら主演級の俳優が集結。それぞれが強い個性と成長を見せ、観る者に共感と感動を与えました。 ――ミステリーは、「ガリレオ」シリーズ(’07年、’13年)や、『鍵のかかった部屋』(’12年)、『ミステリと言う勿れ』(’22年)などがありますが、いずれも変人が主人公です。個人的に、『ミステリと言う勿れ』の菅田将暉(31)が一番インパクトがありましたが、どうですか? 碓井 菅田が演じた天然パーマの大学生・久能整の哲学的な視点や独特な考え方についていけないという人もいましたが、それは制作側の想定内であり、〝確信犯〟なのかなと思います。結果、初回1週間のTVer見逃し配信再生数が424万を超える好評を博し、劇場版も作られましたから。こうやってミステリードラマの幅が広がっていくのでしょう。 時系列が前後しますが、『コンフィデンスマンJP』も月9の幅を広げた作品だと思います。『コード・ブルー』と同じくチームが主役ではあるけど、正義のために結成されたチームではなく、詐欺師の集団。ただ、ターゲットは悪事を働く富裕層や権力者が多く、彼らに対して「正義の詐欺師」たちが罰を与える。やっていることは間違いなく犯罪ですが、まるで江戸時代の鼠小僧のような存在でスカッとさせます。オリジナル脚本もしっかりしており、エピソードの最後には必ず「どんでん返し」が仕掛けられています。毎回「また騙そうとするでしょ」と身構えますが、まんまと騙される自分がいました(笑)。平均視聴率が8.88%と決して高くないが、映画3作いずれもヒットしました。 ◆『やまとなでしこ』の″新ヒロイン″ 田幸 恋愛モノが減ったという話がありましたが、’00年以後、月9で描かれた恋愛は新しいヒロイン像をいくつも誕生させており、個人的に面白いと思った作品もいくつかありました。 まず挙げたいのは『やまとなでしこ』(’00年)。松嶋菜々子(50)が演じた主人公・桜子は、才色兼備のキャビンアテンダントで、幼少期の貧しさから「お金こそが幸せの鍵」という信念を持って生きています。彼女は「玉の輿」に乗ることを目標とし、真実の愛を信じていないというキャラクター設定が非常に斬新で、視聴者に強い印象を与えました。ところが、そんな桜子が最終的に恋に落ちた相手は貧しい魚屋。「お金よりも大切なもの」に気づいていく過程が描かれていて、奥深いテーマのラブコメでした。 隠れた名作もあります。杏(38)と長谷川博己(47)の月9初出演となった『デート~恋とはどんなものかしら』(’15年)は、他の恋愛ドラマとは一味違ったユニークさと心温まる感動が詰まった作品です。杏は東大大学院を卒業した超理論派で、ロボットのような女性。一方でハセヒロは自称「高等遊民」の引きこもりニート。恋愛に不器用な二人が自分自身を見つめ直しながら少しずつ変わっていく様子がコミカルに描かれています。恋愛に臆病な若者が増えているこの時代にこそ観たい作品ですね。 碓井 月9のテーマが時代とともに変化し続け、今年は新境地に達しました。7月期の月9『海のはじまり』は、恋愛ドラマでもないし、家族ドラマでもない。主人公の夏(目黒蓮・27)は突然、別れた恋人・水季の死と、水季と自分の間に娘がいたことを知らされる。夏が現在の交際相手や水季の周りの人、そして娘と向き合っていく物語ですが、観ていて単純に共感や思い入れでは済まない、まるで「君たちはどう生きるか」と問われているような気分になります。作品全体は同局の話題作『silent』の静けさを受け継ぎ、誰も大声で叫んだりしない。だけど、登場人物たちの胸の痛みがじわじわと伝わってきます。人間の本質的な部分をじっくりと描いていて、とても奥深いテーマになっています。 ――古い名作から最近のドラマまでたっぷり語らってきましたが、そろそろ「最強の月9ドラマ」を決めていただきたいと思います。 碓井 僕個人の最強は『HERO』です。法廷シーンのクオリティが高く、家庭を大事にしつつ同僚と不倫する検察官(阿部寛・60)や保身で頭がいっぱいの部長検事(角野卓造・76)など、キャラクターたちに大変魅力があります。事務官も松たか子(47)、小日向文世(70)、八嶋智人(53)と芸達者ばかり。月9の可能性を広げた特別な作品に違いありません。もう一つ挙げるとするならば、『コンフィデンスマンJP』です。個性的な詐欺師キャラクターが生き生きと描かれており、悪役だけでなく視聴者まで巧みに騙す巧妙なストーリーテリングに、他にはない特別な魅力を感じます。 田幸 個人的にもっとも好きなのは『のだめカンタービレ』ですが、『コンフィデンスマンJP』は確かに素晴らしい。作品自体の認知度が高く、月9で放送されたことを知らない人も多いはずです。月9の枠を超えた名作、という意味で『コンフィデンスマンJP』が最強なのではないかと思います! 『FRIDAY』2024年10月11日号より
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