過去12回の出場で8度の2位 悲願の初Vへ大東文化大の救世主はキュートなケニア人留学生 “日本の父”との出会いと仲間たちの絆
第41回全日本大学女子駅伝が29日正午に号砲を迎えます。大東文化大学は、過去12回の出場で8度2位。あと一歩で日本一に届かず、“シルバーコレクター”の称号に甘んじています。 【画像】度重なるケガ 練習ができない日々に涙する鈴木選手 悲願の初優勝へ。今年、チームに救世主が現れました。 大東文化・伝統の「D」ポーズが、ぎこちないケニア人留学生、1年生のサラ・ワンジル選手です。 好きな日本語は「『書く』と『読む』」と答える彼女は、9月の日本インカレ10000メートルで、他大学のエースたちを寄せ付けずトップを独走。圧倒的な強さで学生チャンピオンに輝きました。 まだ日本での生活は戸惑いが多く、寮では「間違えたバスに乗って、10キロくらい走って(戻った)。めっちゃびっくりした」と屈託なく話し、チームメイトを笑顔にさせる存在です。
■進化のワケは“日本の父”との出会い
夢は世界チャンピオン。しかし、ほんの数か月前、誰も今の強さを想像していませんでした。 腹筋がほとんどできないほど筋力が弱く、走るための体ができていなかったといいます。 春の練習では、外園隆監督が「きつかったら今日やめていいよ、どうする?」と問いかける場面もあり、サラ選手は「やめる」と話して練習を途中離脱していました。外園監督は「特別すごく強くはない。基礎体力の上に走る技術を勉強している」と話します。 その上、苦労していたのが学業。サラさんは「今は漢字の読むと書くが難しいです」と話し、進級するため、授業とは別に1日2時間を勉強に費やさなくてはなりません。 「(ホームシックに)なったことあります。毎日悲しいくらい」と明かしたサラ選手は、3年前に陸上留学で来日。高校時代は特別な成績を残せませんでした。 実業団からのオファーもなく本国に帰らなければならない状況で、偶然出会ったのが外園監督でした。日本の大学で陸上を続けるチャンスをもらい、「サラなら勉強と走る、できる(と言ってくれた)。うれしかった。ハートがいい。He is like my father.(お父さんみたい)」と明かします。 監督から送られた英文メールには、「日本の父より」の文字が。外園監督は「我が子です。本当に自分の娘です。日本人選手にお父さんお母さんがいるように、サラにも(日本で)温かい環境を作ってあげたい」と話します。 日本の父・外園監督に支えられ、ひたすら弱点の筋力アップを行う日々。すると、半年ほどでその効果が表れました。体幹が安定したことで格段にフォームがよくなり、5000メートルのタイムを入学時から19秒も更新。9月の日本インカレで学生チャンピオンになりました。 チームメイトから「がんばったサラ」と声をかけられ、誰よりひたむきに頑張り結果を出す姿に、仲間たちも感化されていきます。「ひたむきに頑張っている姿を見ると私も頑張れます」「(サラさんの影響で)チームが一つになる力が高まっている」 その存在がチームの雰囲気を変えていきました。