BRAHMANが示したロックバンドの真髄 唯一無二の「形式」は4人の意識とともに進化
BRAHMANが11月4日に神奈川・横浜BUNTAIで開催したワンマンライブ「六梵全書 Six full albums of all songs」。音楽評論家の小野島大によるライブレポートをお届けする。 【ライブ写真】「六梵全書 Six full albums of all songs」(計10点) いやあ恐れ入った。恐れ入りました。 結成30周年、ほとんどメンバー・チェンジもなく、一度も現役第一線から脱落することなくコンスタントに活動を続けてきたバンドが、集大成のライブをやる。それだけなら珍しくもないが、発表してきた全オリジナル・アルバム6枚の全楽曲72曲を、ひとつのコンサートで一気に演奏する。こんな途方もないことができるのは、そもそもそんなことをやろうと思いつくのは間違いなく世界中でBRAHMANだけだろう。それも座って演奏するようなおとなしい音楽ではない。激しく動き回り、足を蹴り上げ、シャウトし、渾身の力で弾き、叩く。「Molih ta, majcho i molih」が流れるほんの数十秒の暗転以外は常にステージで視線にさらされ、咆哮し、動き回る。それを4時間以上もの間続ける。あらかじめ予告されてはいたが、いざ現実に目の前で起こっているのを見ると、やはりこちらも平常心ではいられない。4時間以上もの間、満員のフロアで歓声を上げ暴れ続けた観客のエネルギーにも心底食らった。オレも負けてられないぞ、と思った。終わったあとは疲労よりも、たっぷりエネルギーを充填したような充実感があった。 特定のアルバムの楽曲を完全再現する、という趣旨のライブは最近よく行われるようになった。多くは過去の名盤、人気のある重要作を回顧・再評価する意味合いがあり、大なり小なりそこにノスタルジーというニュアンスが生まれてくるのは避けられない。だがBRAHMANの場合、特定のアルバムではなく全アルバム全楽曲の再現である。この日は前半が『梵唄』(2018)『超克』(2013)『ANTINOMY』(2008)という近作3枚を時間を遡るようにアルバムの曲順通りに演奏し、後半は『A MAN OF THE WORLD』 (1998)、『A FORLORN HOPE』 (2001)、『THE MIDDLE WAY』(2004)という初期3枚の楽曲をランダムに演奏したわけだが、そこにノスタルジーが入り込む余地はまったくなかった。間髪を入れずほとんどメドレーのように演奏される楽曲は、観客にあれこれ考え込む余裕も、余韻に浸る間も与えない。特に前半は、アルバムを聴き慣れていれば、次にどの曲がくるか予想できて、そのぶん余裕ができてそのアルバムの時代感に浸り込むこともできるはずだが、実際はただただ唖然として演奏を見守ることしかできなかった。ましてランダムに演奏された後半は、ただその怒濤のような音のつぶてに打ち据えられた観客は嬉々として、狂ったようにモッシュ、ダイブを繰り返すしかない。まるで初めてそのアルバムを聴いた時のような予測のできないスリルと興奮を覚えたのは、そこで演奏された楽曲が、紛れもなく現在進行形のリアルだったからだ。 冒頭でTOSHI-LOWが宣したように、そこで鳴っていたのはカタマリとなった30年の歴史ではなく、ひとつひとつの曲が今この場で描き出す現実さながらの物語だ。楽器やアンプ類以外なにもないステージで、MCもほとんどなく、演出らしい演出もなく、時折ステージ上の彼らが背後のスクリーンに映されるほかは映像の助けもなく、黙々と演奏される楽曲の数々は、解釈も感慨も回顧も拒絶した、カミソリのようなエッジを生々しく突き立てていた。それはBRAHMAN自身がひとときも止まらず常に前進を続けてきたミュージシャンであり、また楽曲そのものが時代の風化とは無縁な強靱な構造を持っていることでもある。ギター、ベース、ドラムスにボーカルというロック・バンドとしてはもっともベーシックでミニマムな編成ではアレンジのバリエーションは限られてくるはずだが、そのつどの音楽のトレンドや流行とはまったく無縁なBRAHMANだけの楽曲形式があり、それは4人のメンバーの技術やセンス……というよりはタフな精神力と体力、持続する意思に裏打ちされ、圧倒的な強度を保ち続けている。それは4時間以上にも及ぶ耐久マラソンのようなライブに逐一付き合ったからこそ、骨身に染みて理解できたことだった。 最近のライブでは恒例になった「TOSHI-LOWのいいお話」もない。ひたすら汗まみれになって演奏し続けるだけ、バンド初期に戻ったかのような無愛想でストイックな4時間強。演奏しながら当の音楽家たちが何を考えていたのかわからないが、その表情は荒行に耐える苦行僧のようなものではなく、実に晴れやかで楽しそうだったことを最後に記しておかねばならないだろう。かれこれ30年近くも、人生の半分以上を共に過ごしてきた仲間と、こうして心置きなくプレイすることができる。彼らを支え続けてきた無数のオーディエンスの前で。彼らが若いころに夢見た未来がどんなものだったのか知らないが、彼らにとっては、ノスタルジックな過去でもなく、不確かな未来でもない、今この時しかない「現在」を謳歌できる、その喜びこそがこのライブの核心だったと思える。このライブを一番楽しんだのはBRAHMAN自身だったのだ。幕が開くとは終わりが来ることだ。とはいえ、物語はニューアルバム『vihara』へ、次の30年へと続くのである。
Dai Onojima