自己と向き合い心身をリフレッシュする。リトリートのお供に読みたい8冊【GQ読書案内】
迷うこと、歩くことの豊かさ
レベッカ・ソルニット『迷うことについて』(訳=東辻賢治郎、左右社) レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』(訳=東辻賢治郎、左右社) もし、リトリートの旅に本を持っていくとしたら、アメリカの作家レベッカ・ソルニットさんの本を持っていきたい。美しい文章と膨大な知識で、いつも新しい発見をくれるからだ。 『迷うことについて』は、彼女が個人史と歴史に交互に分け入りながら迷うことの意味と恵みを探る、哲学的エッセイである。ソルニットさんは「迷う、すなわち自らを見失うことはその場に余すところなくすっかり身を置くことであり、すっかり身を置くということは、すなわち不確実性や謎に留まっていられることだ。そして、人は迷ってしまうのではなく、自ら迷う、自らを見失う。それは意識的な選択、選ばれた降伏であって、地理が可能にするひとつの心の状態なのだ」と記す。迷うこと、迷っている自分は決して卑下しなくてよい。迷いとは、未知と出会うための方法であり、とても豊かな行為なのだと勇気づけられる。 『ウォークス』は、人類学、宗教、哲学、文学、芸術、政治、社会やレジャー、エコロジー、フェミニズム、アメリカと、広大なジャンルを自由に横断しながら、「歩行」がいかに人類の精神に大きな影響を与えたかを描き出す大作である。古代の賢人は歩きながら哲学し、活動家は行進によって不正を告発する。巡礼者は聖地を目指して歩くなかで、自身と信仰に向き合い直す。特別なことをしなくても、仕事や生活を離れてただ歩くことや、結論を求めず思いのままに迷うことも、喧騒に慣れきった私たちにとっては、立派なリトリートになり得るのではないか。
ケアからリトリートを考える
田村尚子『ソローニュの森』(医学書院) 「精神を患った人々のための施設」のことも、リトリートというそう。写真集『ソローニュの森』の舞台は、思想家のフェリックス・ガタリに多大な影響を与えたことで知られる、フランスのラ・ボルド精神病院。写真家の田村尚子さんの写真と、数篇のエッセイが収録されている。 森に佇む古い城館を転用したこの病院と、そこで過ごす患者やスタッフの様子は、精神病院といわれてイメージするものとは大きくかけ離れている。広大な森や庭に生い茂る樹木や草花と、そこで自由に振る舞う犬や猫や鶏たち、ぽつんぽつんとだが、さまざまな場所に置かれた椅子といった穏やかな景色。一方、患者とスタッフが協働して支度をし、皆で丸いテーブルを囲んでとる食事の様子、皆で連れ立ってピクニックに繰り出すときの、颯爽とした自転車の後ろ姿のような賑やかさ。どちらも、心の回復にとって必要なものだ。治療と暮らし、孤独と共生、内外の距離感の曖昧さをやさしく写し出すこの写真集は、いつ開いても心を落ち着かせてくれる。 精神疾患を、別の人間の問題として片づけるのではなく、同じ社会や共同体、さらにいえば自然や生態系の一部と捉えてケアすること。ラ・ボルト病院の営みは、リトリートの本質を実践したもののように思う。