20年で3分の1に!自殺者が激減の秋田県「人口の1%が専門知識」悩み深き人を救う4つの取り組み
先進国の中でも自殺率が高いといわれる日本。 かつてその日本で19年連続でワースト1位の自殺率だった秋田県は、いかにして自殺率を減らし、最悪の状況から脱したのか。今や「秋田モデル」と呼ばれる自殺予防対策を掲げる秋田県の取り組みを、現代の高齢者の孤独を描くルポ『無縁老人』(石井光太、潮出版社)から引用する形で【前編:希死念慮に駆られた男性が「自殺率を劇的改善『秋田モデル』設立」】につづいて見ていきたい。 「し、して」…「かわいい」と評判の26歳女性かけ子「共犯者と関係し妊娠!」妖艶な素顔写真 2000年代になり、バブル崩壊による不景気の中で全国的に自殺者が増加した日本。秋田県もその例外ではなく、役人や議員はなんとか自殺率を減らせないかと考えていた。 だが、役所の職員は自殺の専門家ではないし、マンパワー的にもまったく足りない。この時、県が自殺対策のパートナーとして選んだのが、〈前編〉で見た秋田大学の吉岡尚文氏の調査研究であり、NPO法人「蜘蛛の糸」を立ち上げた佐藤久男氏だった。大学から専門的な知見を提供してもらい、それを県のバックアップで民間に活用してもらおうとしたのである。 県のこうした取り組みにとって追い風になったのが、’06年にできた自殺対策基本法だった。日本全国で自殺者が3万人を突破したことで、国側も対策を打つべく、新たな法を作り、啓発活動、医療体制の整備、民間への支援、遺族のメンタルヘルスケアなどを総合的に後押しすることにしたのだ。 ◆秋田県が狙った3つの流れ 当時の秋田県知事・寺田典城氏は、この法律を受けて一気に県内の自殺対策のアクセルを踏む。秋田県庁の呼びかけによって、各市町村のトップセミナーが開催され、首長から民間団体の代表を集め、一丸となって動くよう促したのだ。 こうして誕生したのが、「秋田モデル」だった。民間団体、大学、自治体という3本の矢が1つにまとまり、動き出したのである。 具体的には、秋田大学が地域診断によって市町村別の現状分析を行う。自治体がそのデータを踏まえて「巡回相談」「講演会」「交流イベント」「生きがいづくり」などといった予防対策事業を打ち出す。最後に民間団体が行政の支援を受けつつ具体的な活動を実施する。 狙うのは次のような流れだ。 1、自殺対策に対する意識を高める 2、住民活動の活性化 3、自殺者の現象 これと同時に、県や大学は医療業界全体に自殺予防の意識改革を施す。それまでは自殺に関しては精神科が対応するのが基本だった。その縦割りの考え方を取っ払い、医療関係者全体で予防の意識を持ち、連携体制を取るようにさせたのだ。 このような一連の動きは、佐藤氏が構築した組織を元に「秋田ふきのとう県民運動」という形になる。自殺予防の旗の下に、県内の107のNPOなどの団体、25の市町村、それに複数の企業などが集まって行う活動だ。 ほどなくして秋田モデルの成果が現れる。県内の自殺者数は2000年以降であれば、’03年の519人がピークだったが、’07年以降はどんどん減少し、’21年には177人にまで減らすことに成功したのだ。20年で3分の1、全国ワースト1位だった自殺率は10位にまで下がった。 県の健康福祉部保健・疾病対策課の担当者は次のように話す。 「秋田モデルの強みとしては、県が民間団体の後押しをするだけでなく、自殺予防対策にかかわる人の養成講座を積極的に開いていることです。専門家だけでなく、知識をもって専門家につなげられる支援者を育てているのです」 秋田モデルにおいて、自殺に関する専門家は「メンタルヘルスサポーター」と呼ばれており、支援者は「ゲートキーパー」と呼ばれている。 メンタルヘルスサポーターの養成講座では、すでに自殺予防活動を行っている人たちに高い専門知識をつけてもらうことを目的としている。医師や臨床心理士などを講師として招き、自殺に至るまでのプロセス、相談者に対する傾聴の方法、心の健康作りを学んでもらうのだ。 ゲートキーバーの養成講座では、自殺を考えている人を見つけ、メンタルヘルスサポーターや医療へつなげる方法を教えている。いわば、専門家への橋渡し的な役割を担ってもらうのだ。 ◆若い世代を巻き込んで…… 先の職員は次のように話す。 「’21年度末でゲートキーパー養成講座の受講者数は7921人、ゲートキーパーの受講者はもうすぐ1万人の大台に乗るくらいにまで来ています。秋田県の人口が約93万人ですから、人口の1%が自殺対策の専門知識を持ち、何かしらの活動を行っている。県の自殺対策は、彼らの存在がベースとなっているのです」 県としては、今後若い学生にも専門知識を持ってもらい、メンタルヘルスサポーターやゲートキーパーの役割を担ってほしいと考えているそうだ。10代~30代までの死因の1位は自殺だ。それを踏まえれば、若い世代を巻き込むことによって、自殺率をより低下させることは可能だろう。 また、秋田大学では’21年から自殺予防のための専門機関「自殺予防総合研究センター」が開設された。自殺に関する調査研究から評価、それに啓発活動を押し進めることを目的としている。 現在センターが取り組んでいるのは、次の4つだ。 ・SNSを活用した高齢者支援 ・勤労者等のメンタルヘルス調査 ・中高生へのSOSの出し方教育 ・メンタルヘルスサポーターフォローアップ研修会などの研究・事業 特に興味深いのが最初の「SNSを活用した高齢者支援」だ。ここでは、自殺率の高い高齢者にタブレット端末を貸し出し、秋田大学の学生がバイト代をもらってSNSを通じて交流するのだ。 高齢者の自殺は、社会的に孤立し、健康不安が膨らむことによって起こることが多い。そのため、学生がバイト感覚で高齢者とつながりを持ち、見守りや生きがいの提供をすることによって自殺予防につなげようというのだ。 同センターの副センター長の男性は、拙著のインタビューで次のように話す。 「県や民間が自殺対策をしようとしても、単独で取り組むにはハードルが高いです。命にかかわる仕事なので、失敗したらどうしようとか、間違ったことをしていないだろうかという不安が常につきまとう。でも、そこに大学が加わると、専門家が後ろ盾になってくれているという安心感が生まれます。自分たちは専門知識を学び、それを実行しているのだという自信がつくので、いろんなことがやりやすくなる。民・学・官に『学』が存在する意味はそこなのです」 秋田モデルの細かなことについては『無縁老人』を読んでいただければと思う。 何にせよ、秋田モデルとは、社会全体で人と人とがつながる機会と力を育んでいく取り組みだ。同じような取り組みは、県全体でなくても、1つの街、1つの地域でもできるはずだ。そしてそれによって自殺者を大幅に減らすことは夢ではないだろう。 取材・文・PHOTO:石井光太 ’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。
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