またも逮捕者…“マルチ商法”のトラブルはなぜ絶えない? 法規制だけでは限界「根源的な問題点」とは
マルチ商法に対する規制は「非常に厳しい」
特定商取引法は、マルチ商法に対してきわめて厳しい規制を設けている。 第一に、契約時に書面を交付する義務、クーリングオフ制度、中途解約・返品等に関するルールを厳格に定めている。 第二に、勧誘をする際は「だまし討ち」は許されない。相手に対し「連鎖販売取引(マルチ商法)の勧誘です」とはっきり明示しなければならない。自分自身の氏名はもちろん、「統括者」がいればその者の氏名も示さなければならない(法33条の2参照)。 第三に、勧誘の方法の規律も厳しい。まず、以下のような、「相手方の判断に影響を及ぼすこととなる重要な」ことについて、事実を隠したり嘘を述べたりすることが禁止されている(法34条参照)。 ・商品の品質・性能、サービスの内容等 ・特定負担、特定利益(内容は前述の通り)に関すること ・威迫して困惑させること ・解除に関すること(クーリングオフなど) また、相手方が契約解除の意思を示した場合に、解除を妨害するために嘘をついたり、威迫して困惑させたりしてはならない。 さらに、勧誘目的を告げずに誘い出した場合(キャッチセールス、アポイントメントセールス等)、公衆の出入りできる場所以外で行ってはならない。 一度断られたら、二度と勧誘してはならないとも定められている。 ちなみに、連鎖販売取引業者のなかには、国内最大手の日本アムウェイ社のように、会員に対し積極的に法令順守の啓発活動を行っているところもある。 しかし、これらの規律や事業者の「努力」にもかかわらず、SNSやマッチングアプリを通じた「だまし討ち」のような勧誘が横行してしまっているのだ。 なお、啓発活動に力を入れ、それをアピールしていたはずの日本アムウェイ社も、2022年10月、会員が行ったマッチングアプリを介しての勧誘が特定商取引法に違反するとして、6か月間の業務停止処分(行政処分)を受けている。
法規制を厳しくしてもトラブルが絶えない理由は?
なぜ、国が法規制を厳しくし、かつ、啓発活動に力を入れる事業者がいてもなお、これほどまでに法令違反のトラブルがあとを絶たないのか。それは、メンバー全員が「特定負担」を払って「特定利益」を得るというマルチ商法のしくみ自体にある。 「特定負担」として金銭を支払えば、最低限、「投下資本の回収」のために人を勧誘して「特定利益」を得る必要がある。また、生活していくためにはそれなりの人数を勧誘して、一定の「特定利益」を獲得しなればならない。さらに豊かな生活を送るためにはより多くの人を勧誘して、より大きな「特定利益」を追求するようになる。 メンバー全員が十分な「特定利益」を得て豊かになれるなら問題はない。しかし、それは数学的見地から極めて困難である。 たとえば、1人が2人のメンバーを勧誘するところから始めて、勧誘されたメンバーがまたそれぞれ2人のメンバーを勧誘して…ということを続けると、26回目には「1億3421万7727人」に達してしまう。これは日本の人口を超える数字である。 ちなみに、この計算は、高校の「数学B」で学ぶ「等比数列の和の公式」を知っていれば、5分とかからずに答えが出る([図表]参照)。 1人が2人を勧誘する場合でさえこうなのだから、1人あたり勧誘する人数が「3人」「4人」の場合については計算するまでもないだろう。 マルチ商法は、数学的観点からみて、限られたパイの奪い合いになる。そうなれば、商品やサービスがいかに良質なものであったとしても、意味が乏しくなってしまう。他の人よりも多くの人を勧誘して「特定利益」を得るためには、自分自身が優れた魅力的な人物に見られなければならない。また、自分が勧誘した人が脱退しないようにつなぎ止めなければならない。 マルチ商法で「カリスマ」のようにあがめられる人がいたり、コミュニティによってはあたかも一種の宗教やスピリチュアルにも似た色彩を帯びたりするのは、そのためである。 しかし、それは客観的に見て決して生産性が高いとはいえない。ただでさえ日本の人口は限られているのに、今後、人口減少が進むことを考慮すれば、より一層「無理ゲー」になっていくことは明らかである。 インターネットの発達によって、マルチ商法の勧誘に触れる機会が以前よりも増えている。勧誘を受けた場合、どうするかは個人の自由だが、最低限、マルチ商法が法令による厳しい規制の対象になっていることとその理由、また、これほど厳しい規制が行われながらトラブルが絶えない理由について、よくよく考える必要があるだろう。
弁護士JP編集部