ル・マンはなぜこれほど多くの観客を魅了するのか?|フェラーリが圧倒的な力量を見せつけた2024年の24時間
トップ8のスターティンググリッドを決めるハイパーポールが始まって間もなく、昨年のウィナーでフェラーリ51号車に乗るアレッサンドロ・ピエール・グイディがトップタイムをマーク。チームメイトで昨年は2位に終わったフェラーリ50号車のアントニオ・フオコがこれに続く2番手につけたものの、フオコはミディアム・タイアのアドバンテージを生かして2周連続のタイムアタックを敢行。エースドライバーの意地を見せ、ピエール・グイディから首位の座を奪い取る。この時点でフェラーリはトップ2を独占。やはりフロントロウを独り占めした昨年の記憶が甦り、私は胸が熱くなるのを押さえきれなくなった……。 【画像】例年を大きく凌ぐ魅力に溢れていた2024年のル・マン24時間(写真15点) 24時間という長丁場で競われるル・マンでは、予選結果の持つ意味は決して大きくない。それなのに、これほど見る者の心を捉えて離さないのは、なぜだろうか? そう自分に問いかけるうち、ハタと気づくことがあった。 ル・マン24時間は初開催の1923年から数えて今年で101年目、通算92回目の長い伝統を誇る耐久イベントだ。そして、ここまで連綿と積み重ねられてきたひとつひとつのレースがそうだったように、今年のレースも後世まで長く語り継がれることになる。そんな歴史の重さと、いま自分が目の当たりにしている現実がやがて歴史の一部になるという事実が心に重くのし掛かり、ほかのレースでは体験できない深い感動が味わえるのではないだろうか……。 これに気づいたとき、フランス西部のサルト・サーキットで開催される伝統の一戦が、なぜこれほど多くの観客を魅了し、世界中の自動車メーカーがひっきりなしに参戦し続ける理由の一端が理解できたような気がした。 そう、今年のル・マン24時間には史上最高といっていいほど多くの観客と自動車メーカーを集めた。 先に観客動員数について述べれば、昨年の32万5000人という最多記録を塗り替え、今年は32万9000人を集めた。これは「世界最大のモータースポーツイベント」と称されるインディ500と肩を並べる規模の大きさだ。いや、モータースポーツに限らず、スポーツ全般で比較しても、1日でこれほど多くの観客を集めるイベントはほかにない。その意味で、ル・マン24時間は「世界最大級のスポーツイベント」と称しても決して間違ってはいないはずだ。 今年は参戦する自動車メーカーの数も際立って多かった。 最高峰カテゴリーのハイパークラスにエントリーした主要メーカーに限っても、今年はフェラーリ、トヨタ、ポルシェ、キャデラック、プジョー、アルピーヌ、ランボルギーニ、BMWの8社が参戦。昨年の5社(フェラーリ、トヨタ、ポルシェ、キャデラック、プジョー)を大きく上回ってみせた。これは世界中の自動車メーカーがこぞって参戦した1980年代後半のグループC時代に匹敵する規模である。 しかも、今年のル・マンはそうした“量的”な面だけでなく、“質的”にも例年を大きく凌ぐ魅力に溢れていた。 前述したハイパーポールに先立って実施された公式予選では、実に11台がトップと1秒以内のラップタイムを記録してみせた。とはいえ、10台ほどが予選で1秒以内に収まるレースがほかにないわけではない。しかし、ル・マン24時間の舞台となるサルト・サーキットの全長は13.626kmで、一般的なサーキットの2倍から3倍に相当する。つまり、距離換算でいえば、コンマ3秒とかコンマ5秒におよそ10台がひしめきあっていたことになるのだ。ル・マンの予選でこれほどの接戦が繰り広げられたことが、かつてあっただろうか? 決勝レースの展開も、予選に負けず劣らず刺激的だった。 ハイパーポールでは結果的にポルシェ6号車とキャデラック2号車の先行を許したフェラーリ勢だったが、土曜の午後4時に決勝レースが始まると積極的に首位の座を奪いにかかり、開始1時間後にはフェラーリ50号車がトップ、間にポルシェ6号車を挟んでフェラーリ51号車が3番手につけ、1-3のフォーメーションを築き上げていた。昨年、50年振りにトップカテゴリーに返り咲いたフェラーリが、通算10勝目を挙げた歴史的なレースを髣髴とする展開である。 いや、今年のフェラーリは昨年を上回る強靱な体制でル・マン24時間に臨んでいた。50号車と51号車の布陣は昨年となんら変わらないが、3台目となる83号車を新たに投入。ロベルト・シュワルツマン(イスラエル)とイーフェイ・イエ(中国)という若手ふたりにベテランで元F1ドライバーのロベルト・クビサ(ポーランド)を組み合わせた3人にステアリングを託したのである。 しかも、フェラーリ勢のなかではダークホース的な存在だった83号車は、雨のなかでクビサが見せた鮮烈な走りにより、スタートから2時間を経過した頃には首位に浮上。その後も日曜日の昼ごろまで優勝争いを演じ続けたのである。しかしながら、昼過ぎに電気系トラブルでピットに舞い戻ると、そのままリタイアに追い込まれたのはいかにも残念だった。 ただし、残る50号車と51号車は、途中で様々な困難に遭遇しながらもレースをリードし続け、最終的に50号車が優勝、51号車が3位表彰台という圧倒的な力量を見せつけてチェッカードフラッグを受けたのだ。 なお、2位に食い込んだのはトヨタ7号車。彼らは予選中にクラッシュして赤旗中断の原因を作ったためにハイパーカークラス最後尾の23番グリッドからスタートしながら、着実に追い上げ、50号車の14秒遅れでフィニッシュしたのだから、その健闘は賞賛に値するといっていいだろう。 そして4位でフィニッシュしたのは、ハイパーポールでポールポジションを獲得したポルシェ6号車。マシンに熟成を重ねたポルシェが、今年は見違えるような速さを見せていたことも特筆すべきだ。そして終始安定したペースで7位に食い込んでみせたキャデラック2号車の走りも印象的だった。 そのほか、初参戦のランボルギーニは10位と13位、プジョーは11位と12位でフィニッシュしたが、アルピーヌとBMWがいずれも完走を果たせなかったのは実に残念だった。 文:大谷達也 写真:フェラーリ、TOYOTA GAZOO Racing、ポルシェ、ランボルギーニ
Octane Japan 編集部