【書評】『下山事件 封印された記憶』「戦後史最大のミステリー」とされる闇に葬られた事件の実行犯の手口を解明した決定版
【書評】『下山事件 封印された記憶』/木田滋夫・著/中央公論新社/1870円 【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
「戦後史最大のミステリー」とされる下山事件は、発生から75年経ったいまもジャーナリストや研究者たちによる「謎の解明に挑むリレー」が続いている。 敗戦から「多くの復員者や引き揚げ者」を受け入れてきた国鉄は、極端な人員増による財政難に直面し、初代国鉄総裁の下山定則は、経営立て直しのため「10万人にのぼる国鉄職員の大量解雇」に着手していた。その最中、突如、失踪し、翌日未明に常磐線綾瀬駅近くで轢死体となって発見されたのである。 下山の死をめぐっては、警視庁のなかで自殺説と他殺説が対立し、捜査一課は人員整理に「悩んだ末に自殺した」との説を立て、それを裏付ける目撃証言などを次々公表した。 一方、捜査二課と検察庁は、検視結果などから殺害されたのち、線路上に放置されていたとする他殺説で捜査をすすめるが、いつしか立ち消えになっている。謎は歴史の闇のなかに葬り去られることになった。 鉄道省の技師を祖父にもち、父親もまたメーカーの技術者として国鉄とかかわってきた著者の「鉄道員の血」が、あらたな探求者としてこの謎に向かわせた。「約20年にわたって下山事件に関する新たな情報」の収集につとめ、下山事件の捜査を担当した東京地検の検事がまとめたガリ版刷りの「捜査報告書」にたどり着いている。もうひとつ、下山総裁が失踪後、監禁されていたとされる町工場の旋盤工の「自伝的小説」を入手できたことが大きな成果だった。 そしてこの旋盤工への15年近くにわたったインタビューで、謎の扉がわずかに開いた。そこから垣間見えたのは、東西対立の冷戦下で「社会不安を起こし、一気に人民政府を作るんだ」と気勢を上げる左翼勢力への、過剰なまでのGHQの疑心暗鬼であった。 下山事件について書かれた研究は多数あるが、もっとも深く真相に迫った作家の柴田哲孝の協力を得て、実行犯の手口を解明した決定版といえよう。 ※週刊ポスト2024年12月27日号