中国で流行?〝寝そべり文化〟の若者たち 「国境ナイトクルージング」アンソニー・チェン監督
何かを残して別れてゆく
3人は互いの事情に踏み込まない。物語が進んでも距離感が変わらないのも、本作の重要な要素の一つだ。「脚本の構想時から、心情に迫らない移りゆく関係性を描きたかった。言い換えれば、彼らがその瞬間を共有したことに重きを置いた。誰しもそんな経験はあると思う。一方で、短い出会いでも人生を変えてしまうような意味を持つこともある。そうした関係を取り込みたかった」 インスピレーションを感じたのは、水と氷だった。「氷点下の水は短時間で凍結して形を変えるが、温度が上がると固体が急速に溶けて液体に戻る。その現象にどうしてかひかれた。しかもその時間は短い。筋立ては決まっていなかったが、この感情を映画にしたかった。3人の若者が短い時間に絆を深めていく。それぞれの道に分かれていくが、お互いの中に人生を変える何かを残したかもしれない。それを捉えたのがこの映画です」 互いに生きる力をもらって、離ればなれになっていく3人。「不安やメランコリー、喜びなど多様な感情が混ざりあう。この時、この場所でしかありえない、ある意味完璧なタイミングで出会ってつながるが、長くは続かない。彼らの心情を反映した映画にしたつもりだ」
完璧な不完全さ
完璧な準備から自由な映画作りへ。大きなチャレンジを経験して作風は変わっていくのだろうか。「シンガポール人としてのDNAには、何事も整えてから臨むことが刷り込まれている。何もないと手につかないのも事実だ。ただ今回は多くを学んだ。何かを手放すことによって得るものがある。脚本にあるシーンや空間でも、変更しないといけない状況が生まれたからだ」 これまでの枠や段取りからはみ出た映画作りは、一方で神経を使う体験でもあった。「眠れない日が続き、これでいいのかと常時自分に疑いの目を向けながら進めてきた。若いうちでなければ、こうしたクレージーな映画作りはできないとも考えている」。今年40歳を迎えた。「年をとると守りに入ってしまうだろうから、今のうちにという思いもあった」と正直な気持ちを吐露した。 「不完全であることは、ある意味完璧だと学んだ」という。「今までドラマツルギーの観点からシンプルに考え練ってきたが、パーフェクトでないがゆえのすばらしさ、完璧さを受容できて認められるようになった」と話し、フィルムメーカーとして大きな転換点になったことを示唆した。
映画記者 鈴木隆