失敗学から学ぶ「老い」 ミスを未然に防ぐ対策も有効 『老いの失敗学』(畑村洋太郎 著)
母親が小さな段差で転んだ。あるいは、父親の人付き合いが悪くなった――。両親の「老い」を、ふと実感した経験がある人は多いだろう。自分自身が、手元の文字を読みにくく感じてハッとしたりもする。老いは忌み嫌われることが多いが、避けることができないものだ。 そんな老いと上手に付き合う方法を説くのが、本書『老いの失敗学』だ。著者の畑村洋太郎氏は東京大学名誉教授。工学博士だが、失敗について体系的にまとめた「失敗学」の大家として知られる。1941年生まれで、自身の老いを日々実感するなか、失敗と老いには共通点があり、失敗学の知見を老いの問題への対処に生かせると気づいたという。
「わかってもらう努力」のエネルギーが不足
著者によれば、失敗と老いには、望んでいないことが起きる、避けて通れない、という共通点がある。そのうえで両者を比較すると、新しい気づきが得られる。例えば、失敗学においては当事者の視点が重視されるが、老いの対策には当事者の主観はあまり重視されていないという。本書はその点、貴重な当事者の視点が多い。 例えば、老いによってコミュニケーション力が下がると、相手とのすれ違いによって不安やいら立ちが募るなどの問題につながる。そこで、高齢者は伝言をホワイトボードに書く、「相手にどう伝わったか」を考えるようにするなどの努力を「労を惜しまず」行うほうがよいと説く。一方で、著者自身、議論の際に「途中の説明を省くことが増えている」と周囲からたびたび指摘されることも明かす。理由は「わかってもらう努力」のエネルギーが失われ、楽をしたくなるためのようだ。これは、当事者の主観によって初めてわかることだろう。 私自身、高齢者とのやりとりで、要点が伝わってこないために詳細をいちいち確認する必要があるのを手間に感じることがある。しかし、その人のエネルギーが低下しているのだと納得すれば、低下した分をこちらで負担するのはやぶさかではない。理解が進めば、高齢者への接し方も変わってきそうだ。