真の医者は 医学に情熱を燃やすものです(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「名医」です *** フランス文学史上の名医といえばビアンション博士である。 オノレ・ド・バルザックが「人間喜劇」の作品群に登場させた医師だ。私利私欲の追求に余念のない者たちや、情念の炎に身を焦がす者たちなど、バルザックの小説は濃いキャラが満載である。そんななかでビアンションは清廉で高潔な人柄で際立つ。 『ゴリオ爺さん』ではまだパリ大学医学部生だったが、善良な資質は明らかで、極貧のゴリオ爺さんを懸命に介抱する。その後、インターンを経て腕利きの医者として評判を呼び、パリ市立病院主任医師の地位にまで上り詰める。それでも人柄は変わらない。大金持ちの銀行家から貧しい少女まで、等しなみに扱う“赤ひげ先生”気質を発揮し続ける。 幾多の作品で脇を固めているが、その医学哲学を窺わせる貴重な一作が『従妹ベット』(山田登世子訳)だ。先生はあまりご趣味がないのですねと患者の家族に問われ、彼は答える。 「真の医者は(…)医学に情熱を燃やすものです」 辛い仕事だが、病人を治癒できれば嬉しいし、社会の役に立てるのだからやりがいもある。それだけではない。医学そのものを愛し「学問的な喜び」に支えられているからこそ激務に耐えられるのだと彼は打ち明ける。医者の鑑である。 伝説によればバルザックは今際のとき、「ビアンションはまだか」と言ったという。自らの創造した人物以上の名医は現実には見つからなかったのだろう。 [レビュアー]野崎歓(仏文学者・東京大学教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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