鈴木保奈美「あの本、読みました?」×日比谷音楽祭公開収録「『鴨川ホルモー』のオープニングはビートルズ」直木賞作家・万城目学が明かした ‟ヒット小説と音楽”秘話
BSテレ東にて毎週木曜よる10時から放送中の人気番組「あの本、読みました?」。本好きで知られるMC鈴木保奈美とともに“次に読みたい一冊を見つける”読書エンターテインメントだ。4月からレギュラー放送を開始した同番組は、6月8日に日比谷音楽祭にて公開収録を実施、7月18日にはBSテレ東で、その模様が放送された。作家・万城目学を招いて“執筆するときに聞く音楽”や“初めての作詞”など、ディープな部分まで深掘りしていた同イベントのようすを、OAでは未公開の部分も含め、お届けする。 【写真】活き活きした目で万城目学の歌詞を見る鈴木保奈美 ■「環境音と音楽の間」万城目学の執筆BGM論 ファンからの拍手に迎えられて登場した鈴木。「みなさんようこそ、いらっしゃいました!」と笑顔で客席を見渡すと、イベントの概要を説明する。「今日は“本と音楽”っていうテーマで…ちょっとこじつけですけど(笑)」とフランクなトークでゲストの万城目を招き入れた。 まず話題に上がったのは、万城目が普段聞く音楽のジャンルだ。「おそらくJ-POPの歴史と言いますか、盛り上がりの最高潮のところをちょうど10代から20代にかけて過ごした」と振り返る万城目は、さまざまなJ-POPのなかでもCHAGE and ASKAを深く聞き込んだという。 「最初に買ったのはシングルレコードで、長渕剛の『ろくなもんじゃねえ』でしたね」と思い出話を明かした万城目。鈴木が「高校生くらいですか?」と質問すると、「いや、小6とか…」という意外な答えが返ってきた。思わず鈴木が「小学校で『ろくなもんじゃねえ』…」と年齢と曲名のギャップに吹き出すと、会場からも釣られて笑いが巻き起こる。 続いての話題は「執筆中に聴く音楽」。万城目は執筆中も音楽をかけるタイプで、仕事場に入ったらCDラジカセを最初につけてから執筆にとりかかるそうだ。ただ「歌謡曲というか、普通の言葉が発せられる曲だとどうしても…歌詞があるとどうしても集中できないんで、歌詞なしに徐々に流れていきますよね」と執筆中に聞く音楽は、普段聞く音楽とは少し変わってくると明かす。 「環境音と音楽の間はどのへんか…みたいなのを探っていく」と話す万城目がいま聞いているのはジャズだという。具体的にどんな曲を聞くのかと問われると、万城目が挙げたのはジャズ・ピアニスト「ビル・エヴァンス」だった。学生時代に友だちから“毎日食べても飽きない”「ジャズのお米」と独特の表現でおすすめされたビル・エヴァンスだったが、「作家になってから『ジャズのお米』で検索したんですけど、誰も言ってない」などと笑いを交えて紹介していく。 執筆中の音楽としては、ビル・エヴァンスがトランぺッターであるマイルス・デイヴィスと組んだアルバム「Kind of Blue」をもっともよく聞くいう万城目。会場では実際に音楽が流されたのだが、ゆったりと時間の流れるような演奏に鈴木も納得の表情を見せていた。 ■「作品と音楽イメージ」のニュアンス 鈴木が気になったのは、作品を作る際に音楽のイメージも関わってくるかという部分。明るい音楽を聞くことで明るいストーリーになったり、逆もしかり…ということがあるのかという質問だ。 万城目は作品が映像化された場合を引き合いに出して、「主役を誰に演じて欲しい」といったビジュアルイメージはないまま書くと明かす。「雰囲気的には教室の一番後ろの席に座りながら、前にいるクラスの人気者たちを後ろから見てる感じなんですよ」執筆時には俯瞰的な立場からキャラクターたちをながめるため、顔は思い浮かべずに書くという。 しかし一方で、「OPとEDは自分で撮りたい」と意外な言葉が飛び出した。「なんでかというと、そこに音楽を合わせてちょっとミュージックビデオ的な…」と、作品イメージは“映像と音楽”の組み合わせでイントロ・アウトロだけは固まっているそうだ。 具体的な作品として、山田孝之主演で映画化された著書『鴨川ホルモー』を挙げ、「大学生のドタバタしたPOPなイメージ」だったと語る万城目。だが実際に映画化されると、「神社の鍾」の音が最初に聞こえてくる。舞台が京都で神社…という設定が影響したのだろうと分析しつつも、大きく人によって変わる“映像と音楽”の組み合わせに驚いたと話す。 ちなみに万城目がイメージしていた同作のOPテーマはビートルズの「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」。特に少しとぼけた印象の音楽をイメージしていたと聞いて、鈴木は「全然違いますね!」と大きく声を上げた。 番組ナレーターである細谷佳正による「鴨川ホルモー」の読み上げを経て、ビートルズの楽曲も会場に流れる。「名所は映さず生活の場を…」「空にタイトル!みたいな」と意外なほど具体的な場面転換までイメージしていた万城目。そこで鈴木が「そういえば、本の表紙もビートルズでしたよね!」と指摘すると、万城目は「イメージしてたのかもしれない。見慣れ過ぎて忘れてました」と笑いをこぼした。確かに同作の表紙は、ビートルズの名曲「アビイ・ロード」の横断歩道を渡るジャケット写真を彷彿とさせるカット。鈴木の知識量と気づきに、観客も万城目も驚いていたのが印象的だ。 EDのカットも明確にイメージができていた万城目の話を聞くにつけ、鈴木は「このバージョンの映画も見たいですね」と“映像と音楽”のマッチングを楽しんでいた。「一度映画になったときにOPのイメージをプロデューサーにちょろっと言ったんですけど、『あービートルズ高いです…』で終わりました」と相変わらずひょうきんな万城目のコメントも交えつつ、話は作品と音楽の意外な関係に向く。 「エンディングに近づくにつれて、『こういうイメージで書くんだ』っていう強い意志を自分に反復する」ために音楽をかけるときもあると語る万城目。特に著書『とっぴんぱらりの風太郎』は凄惨で切ないラストを迎えるため、そこに向かって「ヒヨらずにそこに行くんだ」と強い意思を曲げないようにかけていた曲もあると語った。 イベントのなかで意外だったのは、万城目が聞く“音楽ジャンルの幅”。ジャズを主に聞くという万城目だったが、他にも「ラストスパートのときにかける音楽」として挙げたのはSOUL'd OUTの「To All Tha Dreamers」というラップのヒップホップ。アップテンポで気持ちを盛り上げるにはぴったりの曲だ。 「もうしんどくない、最後はひたすらゴールまで走っていったらいい」というときの曲のため、万城目のなかではかなり“めでたい”曲なのだとか。楽曲冒頭の「Are you Ready!?」というかけ声は、自分も声を出すというほど気に入っているという。 ■CHAGEと万城目、会員2名の「のいた会」 司会から「直木賞受賞に続く、ビッグニュースがあるんですよね?」と振られた万城目。そこで告げたのは、「初めて作詞をやりまして」という納得のビッグニュースだった。 それも、作詞をオファーしてきたのは大好きなCHAGE。実は作詞の仕事はずっと断ってきた万城目だったが、CHAGEとはプライベートでも親交があったため「逃げられない状況」を作られたと笑う。 中学時代から聴きこんでいたスター・CHAGEとはラジオ出演で縁ができ、いまでは1年に1回ほど食事に行く仲なのだとか。鈴木が「俺もここまで来れたなって感じ…?」と冗談めかして話を振ると、万城目は意外な話を続ける。「会の名前があるんですよ。2人しかいないんだけど、『のいた会』って言いまして。CHAGEさんと僕のお食事会の名前、僕がつけたんですけど『のいた会』…『“の”ぼりつめた、“い”ただきを、“た”んのうする会』っていう…」強烈なパンチ力のジョークに、会場は大きな笑いで包まれた。 ともあれ、それほど尊敬するCHAGEから受けた作詞の依頼。小説とはかなり勝手が違うところに戸惑いながらも、何度かCHAGEに草稿を送ってはイメージをすり合わせていったという。 ここで舞台上に、万城目とCHAGEの手で歌詞がどのような変遷を遂げたかがわかる歌詞表が登場。万城目は自身のなかにあるCHAGEのイメージや、彼の生きざまを歌詞にしたと語る。 CHAGEとやり取りを続けるなかで、「独り海原を行く」という言葉が「君と海原を行く」に変わるといった“感覚の違い”も大きな発見だったという万城目。「小説家ってなんでもかんでも1人でやってたので、1人で道を進むというイメージがあるんですよ」と語る一方で、CHAGEの提案してきた歌詞は「応援してくれる人のために歌う」ものだったという。万城目の歌詞が独り行く求道的な歌詞が多かったのに比べ、CHAGEの視点はファンに寄り添って歩こうとするもの。「そこがちゃいますよね。僕読者のためには書いてませんもん」と自虐も交えた万城目の言葉にまたも会場には笑いが起きた。 万城目は作詞を終え、「こんな日が来るのか」と改めて感動したと告白。CHAGEが万城目に胸襟を開き、自身の内面をさらけ出さなければ歌詞は作れない。万城目が作詞した「飾りのない歌」が収録されたアルバムは8月28日(水)に発売となるそうだ。 最後は万城目の新刊『六月のぶりぶりぎっちょう』のお知らせを挟み、公開収録は幕を閉じた。万城目のユーモラスな語り口と、鈴木の確かな知識に裏打ちされる質問力によって大いに盛り上がった今回の公開収録のようすは、TVer・ネットもテレ東で配信中。