宝塚歌劇団“劇団員”パワハラ自死から1年 当事者間「合意」もネットでは“故人への誹謗中傷”つづく…法的措置は取れるのか?
なくならない被害者とその遺族への誹謗中傷
事実、Tさんから届いたスクリーンショットをみると、Aさんに対する誹謗中傷を行っているアカウントの持ち主は「宝塚ファン」を自称していた。 “亡くなった劇団員が自殺をした理由は失恋だ” “彼女は何度も稽古を休んで、それをやさしく注意する上級生を逆恨みした” “サイコパス下級生、遺族はモンペ” いくら自分の推しの活躍の場が減ってしまったとしても、故人や遺族を誹謗中傷していい理由にはならないはずだ。 故人や遺族に対する誹謗中傷に法的リスクはないのか、インターネット上のトラブルに多く対応する木津葵弁護士に話を聞いた。 「Aさんに対する誹謗中傷のように、故人に対して『虚偽の事実を摘示』つまり嘘をまるで真実であるかのように示して中傷した場合は、死者の名誉を毀損したとして名誉毀損罪であれば成立する可能性もあります(刑法230条2項)。 しかし基本的に、すでに亡くなっている人は民事上の権利の主体にはなり得ず、“故人に対する誹謗中傷”を理由に、遺族が代わりに損害賠償を請求することは法律上できません。 また、亡くなっている人に対しては侮辱罪が成立しませんし、投稿で摘示されたことが真実だった場合は、名誉毀損罪も成立しません。 もっとも、生存している“遺族に対する”誹謗中傷であれば、名誉毀損や侮辱等に該当し、投稿者に対して、不法行為に基づく損害賠償義務が発生する可能性があります」(木津弁護士)
自殺した人とその遺族を守るために
総務省が運営委託する「違法・有害情報相談センター」によると、SNSにおける誹謗中傷の相談件数は近年増加傾向にあり、令和5年度は過去最多となった。今回のケースに限らず、亡くなった有名人が誹謗中傷のターゲットになるケースもある。 2020年7月に亡くなった俳優の三浦春馬さんは、その死後も誹謗中傷やデマが絶えず、2021年4月には、三浦さんの所属していた芸能事務所アミューズが注意喚起を行った。 木津弁護士は誹謗中傷について、社会全体の非常に大きな問題とした上で、「誰かの名誉と表現の自由との調整は、人が感情を持った生き物である以上、永遠につきまとう非常に難しい課題です。確かに表現の自由は広く認められるべきだと個人的にも思いますが、だからといって人を傷つけてもいい理由になってはいけません」と語る。 前述の通り、故人の尊厳が傷つけられたとしても、遺族がそのことに対して損害賠償請求をするのは難しい。しかし「当然、相手が亡くなっているから誹謗中傷して良いというものではない」と木津弁護士は続ける。 「故人への誹謗中傷は遺族に心理的な負担を押しつけます。ただでさえ身内を亡くした悲しみに苛(さいな)まれている人に、さらにムチを打つような行為になっていないかどうか、投稿ボタンを押す前に考えてみてほしいと思います」(木津弁護士) ■若林理央 1984年生まれ、大阪府出身。2013年からライターとして活動を始める。現在は雑誌やWebメディアを中心に、書評、エッセイ、インタビュー記事を取材・執筆。2024年、旬報社から『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』刊行。自身の経歴と多様な職歴から、「普通とは何か」をライフテーマにしている。
若林理央