「本を読んだことがなくて…」エリート大学生の悩みに驚く米国の大学教授たち─原因はスマホだけではない?
読書離れを加速させているもの
この現象に関する統計はないが、私が取材した33人の教授の大半が同じ現象を経験していた。多くの教授たちが学部会議や同僚たちとの会話で、学生たちが本を読めなくなっていることについて議論している。 プリンストン大学の歴史学者アンソニー・グラフトンは、現在の大学生たちが以前に比べ、ボキャブラリーも少なく、言語の理解度も低くなっていると指摘する。いつの時代も「鋭い解釈ができ、美しい文章が書ける」学生がいるものだが、グラフトンいわく「いまやそんな学生はほんの一握り」だ。 ヴァージニア大学で中国文学を教えるジャック・チェンによると、学生たちは理解できないアイデアに直面すると「シャットダウンされたかのように」固まってしまうという。以前の学生に比べ、難しい文章に根気強く向き合うことができなくなっているようだ。 ジョージタウン大学の英文学部で学部長を務めるダニエル・ショアは、学生たちがソネット(14行でできた短い詩)に集中することさえできなくなってしまったと語る。 大学生が14行の詩を集中して読むことさえできなくなっている理由の一つには、スマートフォンの存在がある。現代の大学生たちは、スマホの誘惑に常時さらされているせいで、大学の授業に集中できなくなっている。大学に来ても、スマホには気になる情報が流れ続けているのだから。 「昔といまでは、注目すべき対象が変わってしまいました」と、ヴァージニア大学の心理学者ダニエル・ウィリンガムは指摘する。「退屈することは、いまの若者にとって不自然な状態なのです」 娯楽目的の読書でさえ、TikTokやInstagram、YouTubeの魅力にはかなわない。1976年、高校の最上級生の約40%が一年間に少なくとも6冊の本を娯楽として読み、まったく読まない生徒はわずか11.5%だった。2022年までに、この数字は逆転してしまった。 だが、理由はスマホだけではなさそうだ。最近では、中学・高校の教室で読書をする機会はどんどん減っている。 20年以上にわたり、「どの子も置き去りにしない法」(No Child Left Behind、通称NCLB法)や、各州の学習基準を定めた「コモン・コア」など、新たな教育ルールによって、有益なテキストや標準的なテストの重要性が強調されてきた。多くの教師たちが、本を丸ごと読む授業をやめ、かわりに本の抜粋を読み、作者の意図を尋ねる問題を解く授業へと方針転換した。 全米英語教師評議会の副議長としての任期をまっとうしたアンテロ・ガルシアは、現在スタンフォード大学教授として教育学を教えているが、かつてはロサンゼルスのパブリック・スクールで教鞭をとっていた。ガルシアいわく、新ガイドラインの目的は、学生たちが論点を明確にし、テキストの内容を総合的に理解できるようになることだという。しかし、「それと引き換えに、若者たちは長い文章を理解する力を失ってしまった」とガルシアは嘆く。(続く) 社会の変化とともに、習慣や教育カリキュラムが変化するのは当然だ。しかし、長い本を読み通すという体験の欠如で、失われるものはないのだろうか。後編では、バランスをとることに苦労する大学と、読書を通して得られる力について取り上げる。
Rose Horowitch