相次ぐ豪雨災害、再浮上するダム建設待望論 事業着手し住民移転も廃止となった計画 度重なる水害に危機感
長野県の上伊那地域、「戸草ダム」建設へ国に働きかけ強める
伊那市長谷の三峰川上流に旧建設省(現国土交通省)が計画した戸草ダムを巡り、全国的な豪雨災害の頻発を背景に地元自治体が建設再開を求める声を強めている。田中康夫元知事の「脱ダム」宣言などを受け、多目的ダムとしての基本計画が2014年に廃止されて10年。国交省は24年度にも天竜川水系の河川整備計画を見直す予定で、同ダムの整備が盛り込まれるかが焦点だ。国が流域一帯の関係者が参加して水害の軽減を目指す「流域治水」を打ち出す中、治水を巡る議論は重要な局面を迎える。(関誠) 【地図】「戸草ダム」の建設計画地
伊那市長「天竜川治水のため戸草ダムは造るべき」
「最大支流の三峰川を治めなければ、天竜川は治められない。流域治水の推進とともに、必要な場所にはダムを造るべきだ」。伊那市議会12月定例会一般質問最終日の昨年12月7日、治水対策の在り方を問う市議に対し、白鳥孝市長はこう力を込めた。 三峰川流域は地質が脆弱(ぜいじゃく)で、1961(昭和36)年に伊那谷を襲った「三六災害」をはじめ、度重なる水害に悩まされてきた。20年6~7月の豪雨では同市美篶の右岸堤防が欠損。上伊那、飯田下伊那両地域の17市町村でつくる三峰川総合開発事業促進期成同盟会会長を務める白鳥市長が戸草ダム建設を求める背景には、こうした歴史に基づく豪雨への強い危機感がある。
水没予定地の4世帯移転も、田中康夫知事時代に撤退
戸草ダムは88年に事業着手され、94年までに水没予定地の4世帯が移転した。しかし、田中知事時代の01年に県が「工業用水の需要増が見込めない」などとしてダムによる利水からの撤退を表明。本体に着工しないまま計画は止まった。 転機は22年3月、専門家らでつくる天竜川水系流域委員会の提言だった。09年に国がまとめた河川整備計画について、気候変動などを踏まえた整備メニューの見直しを要求。同計画は戸草ダムを「今後の社会経済情勢等の変化に合わせ、建設実施時期を検討する」と位置付けており、この文言をよりどころに地元自治体は「重要な局面だ」(白鳥市長)とし、国への働きかけを強めた。 旧長谷村助役で、ダム建設の議論に携わってきた中山晶計(しょうけい)さん(82)は「情勢の変化は、異常気象が各地で起きているまさに今。天竜川上流、下流の住民の安全のためにも戸草ダムは必要だという思いは強まるばかりだ」と訴える。