虐殺の悲劇が感染症研究の起点:ルワンダ出身の順天堂大国際教養学部長 ニヨンサバ・フランソワさん
無知を乗り越え、偏見と闘う
感染症対策で重視される一つの柱として、正しい知識を広げる「教育」「啓発」がある。発展途上国では十分な教育を受けられず、感染症への適切な向き合い方を知らない人が多い。エイズウイルス(HIV)の場合、汗や唾液、涙には存在せず、抱擁やキスでは感染しないが、ルワンダではそれさえ学ぶことができず、忌むべき病気として偏見と差別が先に立つ。 2011年、ルワンダに帰国した時に再会した高校の同級生は、エイズを発症し、100キロ以上あった体重が30キロになるまで痩せ細っていた。文字が読めない友人の母は「息子に触らないで。エイズに感染する」と訴える。エイズは触っただけでは感染しないことを教えても伝わらない。「私は彼女の訴えを無視し、彼を強く抱きしめ、頬にキスをしたのです。友人は涙を流して喜びました」 余命数週間と言われ、葬式の準備まで整えた友人。紹介した医者からの薬を飲むと、奇跡が起きた。薬が合って体調が戻り、半年後、普通の生活ができるようになった。 「エイズは完治しない。だけど知識があれば戦うことができ、普通の人と同じような生活ができるようになる。教育さえあれば病気の予防方法が分かり、仕事も見つけられ、収入を得られる。病院に行けるし、薬も買える。教育を充実させて貧困を抑えれば克服できることがたくさんある」
外国出身者初の学部長
今年4月、順天堂大国際教養学部の学部長に就いた。同大として初の外国出身の学部長だ。英語、フランス語、中国語、ルワンダ語、日本語の5カ国語が堪能で、医療の専門家でもあるため、「健康」に関わる知識を通した異文化理解を促す力がある点などが学部長選で当選した理由だったとみられる。出身校、国籍、性別による差別無く優秀な人材を求める「三無主義」を伝統に掲げる学風も後押ししたという。 同学部は、文系と理系を融合させたユニークなカリキュラムを掲げている。目標の一つが、医師や看護師と協力し、健康への取り組みを助ける医療通訳や疾病の予防知識の普及などを担う「ヘルスプロモーター」など国際的な人材の育成だ。 学部長として特に、国境を越えるグローバル感染症の対策について学生の知識を深める教育に力を入れたいと考えている。 例えばHIV。日本では最近まで先進国で唯一、感染者が増えていた。梅毒の感染者も急増している。「日本は清潔で、豊かで、感染症は遠い異国の話と捉えがち。実は身近にもあるのに、無防備になってしまっている部分がある」と訴える。 HIVや梅毒は性交渉で感染する例が多いが、日本では性教育による情報量が少ない。若者たちはインターネットで誤った情報に触れてしまうことも多く、対策が進みにくくなっている。対象は学生だけでなく、外部の講演会にも積極的に出向き、幅広い層に語りかける。 「学生に性に関わる健康についてしっかりと伝えることで、感染症を身近なものとして感じてもらうことが必要。日本や世界の感染症対策に役立つ人材を育てていきたい」 さらに、温暖化の影響による水質変化や感染を媒介する生物の数や生息域の拡大によって、感染症にかかりやすい地域や時期が拡大するリスクが高まっている現状にも注視する。「感染症は、広がってから対策を打つのでは手遅れです。一人一人が対策を知ることが将来の予防になる。学ぶのは未来のため、次の世代のためです。遠いアフリカだけの話ではないのです」