首相や自民党が「信頼回復」を連呼する理由──10月27日衆議院選挙を前に、ライター武田砂鉄が読み解く
就任から8日後、石破茂首相は衆院解散に打って出た。首相や自民党が悪用してきた「信頼回復」というフレーズの背景にどんな思惑があるのか？ 10月27日の衆議院選挙投開票を前に、ライターの武田砂鉄が深読みする。 【写真を見る】衆議院選挙の公示日を前に日本記者クラブでは党首討論会が行われた
首相や自民党が悪用してきた「信頼回復」
政治の動きを論評する中で、「言葉が壊れている」との言い方が繰り返されている。自分も使ってきた。たとえば、「真摯に受け止めています」と聞き、「真摯」の本来の意味、「他事を顧みず、一生懸命やる様子だ。まじめ。」（『新明解国語辞典 第八版』）だと素直に受け止める人は皆無だろう。「真摯」を使いながら、議論されている事案を率先して「他事」にしてみせるのがお馴染みの光景になってしまった。言葉が壊れている、というか、言葉の意味をねじ曲げたまま、すまし顔で開き直っている。 新型コロナウイルス感染拡大や東京五輪開催を強行しようと画策していた頃には、「安心安全」なる言葉が連呼された。そもそも、「安心」というのは個人が心の中で感じるもの、つまり主観的なものであるのに対し、「安全」は周囲で作り上げられる客観的なものなので一緒くたに語るべきではないのだが、当時の菅義偉首相などは、答えたくない質問に対して、この「安心安全」を駆使しながら逃げていた。結果、「安心安全」の連呼で不安感を増幅させたのだ。お決まりの言葉を使って、そこから始めるべき議論をせき止めていた。 この1年間、政治の世界で繰り返されてきた言葉といえば、「信頼」や「信頼回復」である。自民党の裏金問題が発覚し、できるだけ早めに火消しをしたがった自民党議員や、自分に火の粉がふりかからないようにしたい岸田文雄首相がとにかくこの言葉を連呼した。 単なる印象論ではない。事実として繰り返してきた。「首相官邸」のウェブサイトに記録されている公式発言の数々を整理してみよう。まずは昨年12月13日、岸田首相の国会閉会後の記者会見より。 「信なくば立たず、国民の信頼なくして政治の安定はあり得ません。党全体として強い危機感を持って、一致結束した対応を図ってまいります。総理総裁として政治の信頼回復に向けて、自民党の体質を一新すべく、先頭に立って闘ってまいります。これが自分の務めであると思い定めています」 会見では、この後も「信頼」を何度も繰り返し、冒頭発言の最後には「国民の信頼回復のために火の玉となって自民党の先頭に立ち、取り組んでまいります」とまで述べた。信頼回復のために火の玉になるってなんだ。むしろ、信頼回復のためには、なぜ燃え盛っているのか、その構造を直視しなければいけないはずだったが、それはしてくれなかった。
