「クーロンの法則」、じつはクーロンより先にキャベンディッシュが発見していたという「意外な事実」
クーロンの法則の発見者はキャベンディッシュ?
もっとも、クーロンの逆二乗則はねじれ秤がないと証明できないわけではなく、クーロンに先駆けて、イギリスの科学者、キャベンディッシュがまったく別の方法ですでに証明していた。じゃあ、なんでキャベンディッシュの法則じゃなくクーロンの法則という名前がついているかというと、人間嫌いのキャベンディッシュは逆二乗則の発見というすばらしい業績を公開しなかったからだ。 キャベンディッシュは、両親とも富裕な貴族の家柄で名門ケンブリッジ大学に学んだが、学位を取ろうとせず、生涯独身で孤独を愛し、自邸で科学研究に没頭した。その業績は、水素を発見したり、万有引力定数の測定をしたり、地球の密度を求めるなど、物理や化学の分野で輝かしいものであった。 クーロンの法則をキャベンディッシュが発見していた事実は、発見から1世紀経って、電磁気学の基礎を築いたマクスウェルに発掘されるまで公になることはなかった。 そのため、キャベンディッシュのほうがクーロンより先にクーロンの法則を発見していたことがわかったのは、彼がこの世を去ってかなり時代が下ってからだった(キャベンディッシュとクーロンはほぼ同世代の科学者だった)。そのころにはすでに「クーロンの法則」という名前が人口に膾炙しており、いまさら名前を変えるわけにはいかなかったのだろう。 さて、キャベンディッシュは計測困難な静電気力をどのような手段を用いて計測したのだろうか。 キャベンディッシュはクーロンのようにねじれ秤で直接点電荷の間の静電気力を測定したわけではなくもっと高度な方法を使った。ここでは実験の詳細については説明を控えるが、彼は「もし、点電荷の間の静電気力が逆二乗則にしたがうなら、一様に帯電した球殻内には静電気力は働かない」という原理を使った測定手法を考案した。 天才キャベンディッシュが考案した原理を模式図を用いて説明しよう。まず一様に帯電した球殻内にある点Aを考える(下図参照)。次に、点Aに対して球殻上の赤い円形で切り取られた部分球殻から及ぼされる力の総和(赤い矢印)を考える。次に、この赤い部分を点Aを対称点にして反対側に射影した青い円形で切り取られた部分球殻から及ぼされる力の総和(青い矢印)を考える。 さて、青い矢印と赤い矢印はどっちが大きいだろうか。矢印で表せる力はまず厳密に逆向きである。対称な位置にある図形を考えたのだからそうならないとおかしい。 次に、赤い力の大きさ(矢印の長さ)を考えよう。点Aに働く力の大きさは、赤い円形で切り取られた部分球殻の面積に比例する。同様に青い力の大きさ(矢印の長さ)は、青い円形で切り取られた部分球殻の面積に比例する。 さて、青の円と赤の円の面積は、点Aから赤や青の領域までの距離の2乗に比例する。円の面積は半径の2乗に比例し、点Aから赤や青の領域までの距離は半径に比例するからだ。文章にするとややこしいが、式に表すとシンプルだ。 ---------- 赤い矢印の力∝赤い円で切り取られた領域の面積∝点Aと赤い円で切り取られた領域との距離の2乗 ---------- ---------- 青い矢印の力∝青い円で切り取られた領域の面積∝点Aと青い円で切り取られた領域との距離の2乗 ---------- つまり、「赤い矢印の力」も「青い矢印の力」も、点Aからそれぞれの色の領域までの距離の2乗に比例する。ここでもし、クーロンの法則どおり、点電荷の間で働く静電気力は、距離の2乗に反比例していると仮定すると、以下のように式が導き出される。 赤い矢印の力∝ 点Aと赤い円で切り取られた領域との距離の2乗×1/点Aと赤い円で切り取られた領域との距離の2乗=1 青い矢印の力∝ 点Aと青い円で切り取られた領域との距離の2乗×1/点Aと青い円で切り取られた領域との距離の2乗=1 つまり、点Aが、一様に帯電した球殻内部にある限り、その点に働く静電気力は部分球殻からの距離によらなくなってしまう。つまり、青と赤の矢印は打ち消しあってゼロになってしまう。 逆もまたしかり。もし、球殻内の静電気力がゼロならば、点電荷の間の静電気力は逆二乗則にしたがうことになる。ちょっとややこしいが、なんとなくはご理解いただけるだろう。 * 【つづき】〈「クーロンの法則」は「万有引力の法則」のパクリなのか? …じつはうりふたつな二つの法則〉では、「クーロンの法則」と「万有引力の法則」についてくわしくみていきます。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)