M-1史上最も偉大なコンビは? 放送作家が選ぶ伝説の漫才(5)バカバカしすぎてもはや芸術...不屈の天才
2001年にスタートした、もっとも面白い漫才師を決める大会・M-1グランプリ。幅広い層から注目を集め、今や国民的イベントと呼んでもおかしくないほどの盛り上がりをみせている。今回は若手放送作家が歴代チャンプの中から「M-1史上最高の漫才コンビ」5組をセレクト。それぞれの漫才の魅力を映画にたとえて解説する。第5回。(文・前田知礼)
マヂカルラブリー(M-1グランプリ2020王者)
メンバー:野田クリスタル(ボケ)村上(ツッコミ) 所属:吉本興業 コンビ結成年:2007年 ●【注目ポイント】 「バカバカしさが突き抜けるっていうのは、もう芸術や」 M-1決勝の舞台に戻ってきたマヂカルラブリーに、因縁の相手・上沼恵美子は言った。 3年前、初の決勝進出を果たしたマヂカルラブリーだったが、最下位という結果に終わった。 最も注目されている賞レースで上沼恵美子に「好みじゃない」と切り捨てられ、どん底へと突き落とされた。 そんな物語を背負っての2020年大会。マヂカルラブリーは6組目に登場した。野田は土下座の姿勢でせり上がり、大会史上最速のタイミングで笑いを起こす。過去を振り払うがごとく、1本目のネタではフレンチレストランのガラス窓を突き破り、2本目の「つり革」は日本中に論争を巻き起こすほど人々を惹きつけた。 一お笑いファンとして、M-1を観戦し続けてよかったと心から思えるあまりにかっこいい優勝劇だった。 ●【マヂカルラブリーの漫才を映画にたとえるなら】 『逆転のトライアングル』(2023) 製作国:スウェーデン 上映時間:147分 監督: リューベン・オストルンド キャスト:ハリス・ディキンソン、チャールビ・ディーン 『逆転のトライアングル』は、マヂカルラブリーが2020年大会で披露した「フレンチ」と「つり革」を合体して映画化したような作品だ。なので、ここからの文章は『逆転のトライアングル』(監督・脚本・編集=リューベン・オストルンド 原作=マヂカルラブリー「フレンチ」「吊り革」)を観た人の感想だと思って読んでいただきたい。あくまで妄想ではあるが、そういうつもりで読んでいただけるとありがたい。 『逆転のトライアングル』は、原作が好きなので、かなりハードルを上げて鑑賞した。印象的だったのが、なんとっても「嵐の中の大きく揺れる船内でのディナーシーン」だろう。原作の「電車」から「豪華客船」に設定が改変されているが、それによってよりスペクタクルで下品で悲惨なシーンに仕上がっていた。 豪華客船の船内で催されるキャプテンズ・ディナーパーティー。セレブたちはテーブルマナーを守りながら、フレンチに舌鼓を打つ。しかし、徐々に波は高くなっていき、一人のマダムの嘔吐を皮切りに、悪夢のようなもらいゲロの連鎖が発生する。もし、あの場に村上さんがいたら「違う!違うよ!違う!違う!」と叫び続けたことだろう。 決して「おわりー」の訪れない揺れに、船内は阿鼻叫喚のゲロ地獄。まさか、あの野田さんが小便を撒き散らしながら車内で耐える場面を遥かに凌ぐ、強烈なシーンが見られるとは思わなかった。箱根の間欠泉のように勢いよく噴き出すトイレ、便器にしがみつくもあまりに激しい揺れに振り落とされそうになるおばあさん。そのような「フレンチ」と「つり革」の悪魔合体のような「地獄のディナーシーン」を、リューベン・オストルンド監督は見事に体現していた。 また、その後のストーリーも、原作者自身の物語を踏襲したものになっている。この映画の真の主人公は豪華客船で働くトイレの清掃員で、救命ボートでなんとか無人島に辿り着いた途端、卓越したサバイバル能力でヒエラルキーのトップに躍り出る。 「二度と漫才をやれない」と途方に暮れ、どん底に落ちたマヂラブの2人が、一夜にしてどん底から5081組の頂点に上り詰めたように。まさに『逆転のトライアングル』だ。 【著者プロフィール】 前田 知礼(まえだ とものり)。1998年広島県生まれ。2021年に日本大学芸術学部放送学科を卒業。制作会社での助監督を経て書いたnote「『古畑任三郎vs霜降り明星』の脚本を全部書く」がきっかけで放送作家に。現在はダウ90000、マリマリマリーの構成スタッフとして活動。ドラマ「僕たちの校内放送」(フジテレビ)の脚本や、「推しといつまでも」(MBS)の構成を担当。趣味として、Instagramのストーリーズ機能で映画の感想をまとめている。
前田知礼