作詞家・麻生圭子「進行性の感音難聴でほとんど聴力を失って。京都からロンドン、琵琶湖畔に移り住み8年。森林の匂い、気配、色彩、湿度を感じる生活」
グレイヘアのショートに、ジーンズにワークブーツが日々のファッション。京都時代の私を知る人はびっくりするでしょうね。古い町家に住んで、着物を着て、お茶の稽古に通ったり、京の伝統を訪ねたりする日々だったのですから。18年間京都に住んで、日本のよきもの、歴史や文化を学ぶことができました。何冊か本も書かせてもらいました。 でも、そろそろ次に進みたい、京都を整理したい、そう思っていたときに、夫がロンドンで仕事をすることになりました。人生をリノベーションできる。 渡英を前に、ほとんどの家財道具を処分。小さなものはフリーマーケット、大きなものは友達の骨董屋さんに頼んで、オークションで売却してもらいました。 私、けっこう潔いんです。失っても、記憶は残る。それでいいじゃない、と思うんです。父が転勤族で、引っ越しが多かったからかもしれません。荷物を処分するの、子どものころから得意なんです。おとなになってからのルールは、3年間、一度も必要がなくて、美しいと思えないものは、高価なものでも処分する。勿体ないとは思いません。誰かに有効に使ってもらったほうがモノも喜ぶ。使ってこそのモノの価値。 それに荷物が減ると、私の場合は心が軽くなる、解放されるんです。そしてモノが少ないほうが、インテリアはセンスよく見える。心のセンサーも鋭くなる。
渡英は58歳のときでした。2匹の猫を連れてイギリスへ。ロンドンはテムズ川のほとりの、家具付きのアパートメントに住みました。流れる川を眺め、セント・ジェームス・パークを散歩し、アンティークマーケットに通い、このまま永住もいいなぁと思っていたら、1年で帰国することに。人生、ままならないものですね。 帰国後は、まず場所探し。テムズ川、ロンドン郊外の森を重ねられる場所探し。 琵琶湖の湖西畔に来たとき、ここだと思いました。 それから家探し。小さな家がいい。屋根裏部屋があるような、小さな小屋。窓からは、湖と森と空が見える家。 廃屋のような小屋を見つけました。蔦に覆われ、沼地のような場所に建っている小屋。でも屋根裏部屋があり、鉄枠の窓があった。夫は一級建築士です。リノベーションすればカッコよくなると確信。屋根や構造的な部分は本職に頼み、スケルトン状態から、セルフリノベーション。その間はワンルームマンションを借り、夫婦(私はときどき)で冬の湖畔に通いました。冬の湖には無数の水鳥(オオバン)が浮かんでいる。ロンドンで毎日見ていた鳥でした。 家が完成したとき、夏になっていました。琵琶湖の向こうから昇ってくる太陽、月。湖面に浮かぶ金色の道。この風景はイギリスにも負けない。 夏の夜空からは、幾千の星が降ってきます。 天の川が見えるのです。 過去も荷物も聴力も、捨てたからこそ出会えた場所でした。
麻生圭子
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