イーロン・マスクのスペースXが「技術革新を続けられる」破天荒な理由
合理的な判断の末、でこぼこの機体になった試験機「スターシップMk1」
次に第2段の試験機「スターシップMk1」が製造された。第2段スターシップは、水平の姿勢で大気圏に突入し、最後は横倒しの状態で自由落下してくる。落下時の姿勢は、機体前後4ヵ所に装備した「フラップ」と呼ばれる可動翼で制御する。着陸寸前に2段スターシップは、ロケットエンジンを点火して機体を引き起こし、垂直の姿勢になってエンジンの逆噴射で着陸する。スターシップMk1は、高度10㎞以上に上がり、姿勢変更と着陸の試験を行う予定だった。 スターシップMk1が姿を現すと、また世界は驚いた。機体は、ベコベコのでこぼこだらけだったのである。これも同社の見せる合理性の一例だった。宇宙に行かない試験機なら、機体表面の精度に気をつかって高精度に仕上げるよりも、手早く安く作ったほうがよいという判断だ。 ところがスターシップMk1は、2019年11月にタンクの加圧試験中に破裂して喪失した。が、ある程度の失敗は織り込み済みだった。この時点ですでに次の試験機の製造が進んでおり、しかもそれらは新たに得られた知見に基づき様々な設計変更が加えられ、少しずつ形状が異なっていた。
失敗は計画の中に織り込みながら、短期間で試験を繰り返す
ここから、第2段スターシップは、SN(シリアル・ナンバー)という番号で呼ばれるようになった。Mk1の次のSN1からSN3までは、タンク加圧試験中に破裂して失われた。SN4はタンク加圧試験に合格したが、ラプターエンジンを取り付けての燃焼試験中に爆発した。2020年8月、ノーズコーンと可動翼を持たない、タンク形状のスターシップSN5が、150mまで上昇しての着陸試験に成功した。その後SN6も同様の飛行試験に成功。SN7はタンクの試験に使われた。「失敗は計画の中に織り込んでおいて、短い間隔で試験を繰り返し、高速で技術開発を進める」という同社の方針は、スターシップ開発でも徹底していた。 2020年12月、3基のラプターエンジンを装備したSN8が、初めて高度12・5㎞まで上昇し、ついで水平姿勢で落下してエンジンを再点火、機体を引き起こしての着陸試験を実施した。試験は最終段階までうまくいったが、機体引き起こしの姿勢制御がうまくいかず、墜落・炎上した。2021年2月にはSN9を使って同様の試験を実施したが、今度は着陸時に2基を点火する予定のラプターエンジンが、1基点火せず、また墜落・炎上した。同年3月4日のSN10の試験で、第2段スターシップ試験機としては初めて高度12・5㎞からの落下と姿勢制御・着陸に成功したが、漏れた推進剤に火がついて着陸後に機体は爆発した。続く3月30日のSN11による試験は、空中で爆発して失敗。SN12~14は製造キャンセルとなり、ここまでの試験に基づく改良版のSN15が、2021年5月6日に飛行試験を実施して、初めて完全な着陸に成功した。 急速にスターシップの着陸試験が進んでいた2021年4月、NASAは国際協力の有人月探査計画「アルテミス」で使用する月着陸船として、第2段スターシップを月面向けに改造した「スターシップHLS」を選定した。スペースXは、ファルコン9で掴んだ勝ちパターン――国からの大規模な補助金を使って野心的な打ち上げ機を開発する――を、スターシップでも再現することに成功したのである。