「日本の和歌」の技術に隠された「魔術性」をご存知ですか…? 言葉にやどる「不思議な力」の正体
「和歌」と聞くと、どことなく自分と縁遠い存在だと感じてしまう人もいるかもしれません。 【漫画】床上手な江戸・吉原の遊女たち…精力増強のために食べていた「意外なモノ」 しかし、和歌はミュージカルにおける歌のような存在。何度か読み、うたってみて、和歌を「体に染み込ませ」ていくと、それまで無味乾燥だと感じていた古典文学が、彩り豊かなキラキラとした世界に変わりうる……能楽師の安田登氏はそんなふうに言います。 安田氏の新著『「うた」で読む日本のすごい古典』から、そんな「和歌のマジック」についてご紹介していきます(第17回)。 『「平家」と「源氏」が戦った「運命の土地・一ノ谷」…その「土地の力」を感じるための「最良の方法」』からつづきます。
「枕詞」は古代のもの?
これまで「歌枕」のお話をしてきましたが、今回は同じ「まくら」つながりで「枕詞」についてお話ししたいと思います。 枕詞が何かということについては読者の皆さまにとっては「何を今さら」のことだと思いますが、辞書ではどのように定義されているか、『日本国語大辞典』(小学館)を見てみましょう。まずはこのように書かれます。 古代の韻文、特に和歌の修辞法の一種。五音、またはこれに準ずる長さの語句で、一定の語句の上に固定的について、これを修飾するが、全体の主意に直接にはかかわらないもの。 がーん! 「古代の」修辞法と言われてしまいました。 確かに現代短歌を詠まれる方で枕詞を使う方は少ないでしょうが、私たち能楽師にとって枕詞はいまでも重要な修辞法です。なぜ、重要なのかというと、枕詞は記憶の助けになるのです。「あしびきの」と謡えば自動的に「山」がくるし、「久方の」と謡えば自然に「月」や「空」、あるいは「天(同音の雨も)」が呼び出される。
枕には神霊が宿る
枕詞は五音のものが多く、能の詞章は七五調が多い。そして五音のあとには「句点(。)」が付くことが多い。これは五音のあとでちょっと一息継ぐことができるということです。そこに枕詞があると少し休める。それだけではなく、この少しの休みの間に次の7音が自然に引き出され、謡も自然に出てくるのです。 おそらく古代の歌人たちも、枕詞を記憶の助けのひとつとして使っていたことでしょう。しかし、それは単なる記憶の助けというだけではありません。 たとえば「久方のー」とゆったりと謡う。すると、それに引き出されるように、眼前に空や月が出現するのを感じます。そしてその景色は次の謡を引き出す。まるで魔術のようです。そんな魔法の力をもつ言葉が「枕詞」なのです。 前々項に、「まくら」というのは神霊の寓(やど)りの装置(設備)であるという折口信夫の説を紹介しました。祭礼の夜に設置した枕には神霊が寓り、その神霊は仮睡する託宣者に乗り移る。そして憑依された託宣者は神託をする。だから「歌枕」というのは神霊の寓る土地だという。 ならば枕詞は「神霊の寓りの言葉」そのものだということになるでしょう。そりゃあ、枕詞に魔術性があるというのも宜なるかなです。 『日本国語大辞典』でも、枕詞の起源については諸説あるとしながらも「発生期にあっては、実質的な修飾の語句や、呪術的な慣用句であったと思われる」と書きます。枕詞は呪術的な慣用句であった可能性があるのですね。 * 『「日本の和歌」と「古代ギリシャの詩歌」の「意外な共通点」…世界の見え方を「一変させる」驚きの力』(11月10日公開)へつづきます。
安田 登(能楽師)