菜々緒が“無能過ぎる新入社員”に テレ朝「無能の鷹」はお気楽だけど学びアリ
ヒロインが度を越えた無能という珍味に引きつけられた。人工知能搭載ロボット感すら漂わせる菜々緒が主演の「無能の鷹」は、今期最もお気楽な作品である。 【写真をみる】「虎に翼」“よね”から仰天チェンジ! 土居志央梨、ダル着姿のエンジニアに大変身
燃費をもえぴ、ITをイットと読み、まともにコピーすら取れず、資料をホチキスで留めることくらいしかできない。勤務中にPCで犬猫動画を堂々と視聴し、入社3カ月で既に社内ニートと化した、その名も鷹野ツメ子。やり過ぎの設定に会社勤めの人はあきれているだろう。「いくらなんでもこんな馬鹿は採用しない」と。でもさ、人間の心理なんてこんなもんよ。あらゆる詐欺事件が横行し、「なんでこんなのにだまされるのかしら?」という令和を象徴しているなと思った。人は見た目で勝手に判断し、口車に乗せられ、詐欺師だの、金満主義のカルトだの、ふわっとした空洞の政治家だのにだまされるのだから。 鷹野は無能だが、傍若無人でも非常識でもない。美しいたたずまいと言葉遣い、毅然とした態度で振る舞うため、初対面の人は「自信に満ちた実力のあるキャリア女性」と勘違いする。多くを語らない(というか内容のない話しかしない)が冷静沈着な鷹野に、言外の含みがあると勝手に先回りして想像する。思慮深い人ほど、まんまと鷹野にだまされるという皮肉を描いていく。
興味深いのは「企業の後進育成失敗例」という点だ。あまりに無能な新人にどう対処するか。優しく見守るだけの指導役・鳩山(井浦新)、あきれて関わらないようにする雉谷(きじたに・工藤阿須加)、逆に疑いの目を向ける鵜飼(さとうほなみ)。営業部の部長・朱雀(すざく・高橋克実)は無能な鷹野を苦々しく思うが、鷹野の採用を激推しした手前、強く言えず。鷹野を異動させたくても、開発部の部長・鴫石(しぎいし・安藤玉恵)は断固拒否。優秀な変人・鵤(いかるが・宮尾俊太郎)&鵙尾(もずお・土居志央梨)で手いっぱいだからである。 叱咤激励するほどの仕事もしていない鷹野は社内で放し飼い。「丸の内にある大企業にパリッとしたスーツを着て勤務すること」だけが目的の鷹野に教育も指導もできず、成長も促せず。 現実には、企業の後進育成の失敗は中間管理職の尻拭いと疲弊、心病む人の増加、下請け業者への責任転嫁で終わっている。ただし、ドラマの中では若い人の発想力が描かれる。鷹野と同期の鶸田(ひわだ・塩野瑛久)は鷹野の「見かけ倒し」を逆手に取り、有効活用することを提案。本当は優秀なのに気弱で、対人が苦手な鶸田と、無敵の無能・鷹野がコンビを組み、大企業で生き延びる道を模索する運びに。もう一人、同期の烏森(永田崇人)もあざとく社内で暗躍するので、不器用な若年層を嘲笑するだけの意地の悪いドラマではなさそうだ。 お仕事ドラマと呼ぶほどの教訓や共感はないが、鷹野の承認欲求ゼロのスタンスは逆に現代人に必要かも、とまで思わせる。実は鷹野は有能だったとか、上層部の密偵だったとか、仕掛けは不要。無能道を貫く上でのハレーションに期待する。 朝ドラと大河で人気を博した俳優を間髪入れずに取り込む、テレ朝の瞬発力。実を結ぶといいのだけれど。
吉田 潮(よしだ・うしお) テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。 「週刊新潮」2024年10月31日号 掲載
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