アベノミクス「稼ぐ力」とは何なのか?
「稼ぐ力」を取り戻すーー。アベノミクス第三の矢とされ、6月16日に発表された政府の新成長戦略の素案では、この「稼ぐ力」というフレーズが何度も登場する。そもそも、稼ぐ力とは何だろう。120枚に及ぶ素案は中身が盛りだくさんで、要点をつかみづらい。だが、この文書から、日本人が今後身につけるべき「稼ぐ力」が見えてくるはずだ。それは一体どんなものなのだろうか? 財務省の統計では、2013年度の日本の経常収支の黒字額は7899億円にとどまった。1985年度以降で過去最低だという。資源の乏しい日本が、稼げなくなることは一大事。こうした状況下で、素案が「日本の稼ぐ力を取り戻す」とうたう部分には、(1)企業が変わる(2)国を変える、の2つの項目が並ぶ。稼ぐ当事者の企業も、稼がせる側の国も、変わる必要があるということだ。 では、どんなメニューでそれを実現するのか?一般の国民にかかわる主なものは「起業・イノベーションの後押し」「攻めの農業への転換(農協の改革)」「残業代ゼロ制度」などだ。若者らの起業を増やそうとするのはもちろん、手厚く保護されてきた地域ごとの農協に自由な経営を認める。また「残業代ゼロ制度」は賃金を仕事の成果で決めるものだ。一見どれも関連がなさそうに見えるが、いずれにも「縛りをなくし、自由にさせ、責任を与えていく」という共通性が浮かび上がってくる。 そこで思い出されるのが、「護送船団方式」。戦後の日本は、落ちこぼれる企業が出ないよう、業界内の最も弱い企業に合わせて、手厚く保護・育成してきた。一方で企業も同じく社員を守り、仕事ができないとされる社員でも終身雇用してきた。企業や社員は、上の指示を待ち、言う通りにしていれば、生活が保障された。農業は保護されてきた業界の際たるものだ。しかし今やどの業界も激しい国際競争にさらされ、国も企業も余裕がなくなり、「成果を出せない人や組織は守れない」というのが本音だ。 素案が示す方向性は、個々人の「自立」ということだろう。国や会社に頼らずとも生き抜く力、それが「稼ぐ力」ともいえる。個人が稼ぐ力を持てば、たとえ残業代ゼロであっても、成果を出して会社から大事にされる。あるいは会社を飛び出し、起業もできる。好む好まざるにかかわらず、一人一人に経営者感覚が求められる流れだ。むしろ、長い人類の歴史からすれば、手厚い保護ができるほど豊かだった時代の方が特殊だったのかもしれない。