出版業界における「本屋大賞」の意義とは? 宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』受賞から考える
第21回となる「2024年本屋大賞」が宮島未奈の『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)に決定した。第17回の「2020本屋大賞」を『流浪の月』(東京創元社)で受賞した凪良ゆうの新作や、芥川賞、直木賞、山田風太郎賞といった文学賞を受賞している作家の作品が並んだ今回の候補作。そこで、新人賞受賞作家のデビュー作にスポットが当たったことで、書店員たちの「この本は面白い」「この本を売りたい」といった思いを形にする賞の趣旨を、改めて思い出させる結果となった。 滋賀県大津市に暮らしている中学生の成瀬あかりが、コロナ禍で閉店になるという西武大津店に毎日通い、中継のテレビに映り込むと友人に宣言して実行する。突拍子もないが共感したくなる女子の疾走ぶりを描いた「ありがとう西武大津店」で「第20回女による女のためのR-18文学賞」の大賞、読者賞、友近賞を受賞してデビューした宮島未奈が、同じ成瀬を主人公にした連作を集めたのが『成瀬は天下を取りに行く』だ。 成瀬はお笑いの頂点を目指すと言ってM-1グランプリに出場し、進学した高校になぜか坊主頭で現れ、そこで自己紹介代わりにけん玉を披露してといった具合に、破天荒な言動を見せ続けて周囲を驚かせる。目立ったらのけ者にされるとか、自分には無理だといった思いを抱えて迷っている人に、自分を偽らないで進み続ける成瀬の言動がまぶしく映った。 近年の本屋大賞は、「2021年本屋大賞」を受賞した町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』や昨年の「2023年本屋大賞」を受賞した凪良ゆう『汝、星のごとく』のように、苦境をのりこえて懸命に生きる女性や男性を描く作品が人気を獲得する傾向があった。「2022本屋大賞」の逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』も苛烈な世界で生きる話だった。経済や社会に閉塞感が漂う今の状況で、こうした作品が支持されるところに、少しの幸せでも求めたい人が多いということが伺える。 『成瀬は天下を取りに行く』の舞台はそこまで厳しい世界ではないが、コロナ禍で萎縮している空気を、強い意志で突破してく女子ということで通じるものがあって支持を集め、10万部のヒット作となった。それだけ売れているなら、今さら「売りたい本」として取り上げなくても良いのではと思われそうだが、「本屋大賞」は無名の作家の埋もれた傑作だけを取り上げて、賞の力で世の中に広めようとするものではない。そもそも第1回の「2004年本屋大賞」を受賞した小川洋子の『博士の愛した数式』が、すでに10万部ほど売れていた作品だった。受賞後に文庫化されて100万部超えを果たし、映画化もされて小川洋子という作家の存在を改めて世の中に知らしめた。 1991年に「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞し、『密やかな結晶』『薬指の標本』といった静謐な印象の小説を発表し続けていた小川洋子だが、どこか“知る人ぞ知る”作家といった印象があった。『博士の愛した数式』は、記憶が80分しかもたない数学者と、家政婦の母子の交流を描いた内容に注目が集まり、書店のプッシュもあって関心が高まっていた。そこに1回目の本屋大賞受賞という要素が乗って、ミリオンセラー作品へと駆け上がった。 今ほどではなくても、すでに本が売れない時代と言われるようになっていた2004年に書店の店頭からミリオンセラーを出す意味は、本を売っている書店や書店員にとっていろいろな励みになっただろう。続く「2005本屋大賞」でも、じわじわと人気を挙げていた恩田陸の『夜のピクニック』を大賞に選んで、新刊を出せば手にとってみたいと思わせる人気作家の列に加えさせた。 第3回の「2006本屋大賞」は、ミリオンセラーだったリリー・フランキー『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』を選んで賛否を呼んだ。候補作も伊坂幸太郎、東野圭吾といった人気作家が並んでいた。「本屋大賞」は以後も佐藤多佳子、伊坂幸太郎、湊かなえといった人気作家のベストセラー作品が受賞するようになって、売りたい本を選ぶというより、売れている本をさらに売るための賞なのか、といった声が聞こえ始めた。書店員がその目利きぶりを発揮して、埋もれている傑作を推して欲しいといった意見もあった。 ただ、候補として並ぶ作品の中には、あまり知られていない作品もしっかりと含まれていた。『成瀬は天下を取りに行く』と同じ「女による女のためのR-18文学賞」を受賞した窪美澄のデビュー作『ふがいない僕は空を見た』や、小説投稿サイトでの連載が話題となって書籍化された住野よる『君の膵臓を食べたい』は、本屋大賞でいずれも2位に入る健闘を見せたことで、大きく売上を伸ばし作者の知名度も一気に高まった。 ボーイズラブと呼ばれるカテゴリーで活躍していた凪良ゆうも、初めて単行本として刊行した文芸作品『流浪の月』が「2020本屋大賞」を受賞して、広く存在が世に知られた。続く『滅びの前のシャングリラ』も「2021年本屋大賞」にノミネートされ、『汝、星のごとく』は直木賞候補となって「2023年本屋大賞」で2度目の受賞を果たすほどの人気作家になる。 「2024本屋大賞」にも『星を編む』が入って、書店員の支持の高さを見せてくれた。こうなると、次の凪良ゆうを取り上げて世の中に知らしめた方が良いのでは、その方が書店員の目利きぶりを見せられるのではといった声も聞こえてきそうだ。もっとも、2004年に本屋大賞が始まった時よりさらに人の興味の細分化が進み、よほどのヒット作でなければ誰もが知っている状況にはならなくなっている現代。4度のノミネートと2度の受賞でようやく一般化が果たされたと言えなくもない。推し続けるのも立派な愛の形なのだ。 だから、宮島未奈も続く『成瀬は信じた道をいく』が2年連続で本屋大賞を受賞して、ようやく世間が知る作家になるのかもしれない。その前に、映画化なりアニメ化されて大ヒットして、一気に知名度を高める可能性もある。傍若無人な成瀬の振る舞いは、ライトノベルのヒット作でアニメも人気の谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』の主人公、涼宮ハルヒの通じるところがあって、キャラクター人気も出そうだ。 だったら、「涼宮ハルヒ」の新作が出たら本屋大賞を受賞するのかというと、過去にラノベのレーベルから刊行された本がノミネートされたことは、三上延『ビブリア古書堂の事件手帖 -栞子さんと奇妙な客人たち』くらいしかない。判型を問わずオリジナルの小説ならエントリー可能な賞であるにも関わらず、ラノベはどこか避けられているような雰囲気がある。 ラノベレーベルのスニーカー文庫から2023年10月に出た駄犬『誰が勇者を殺したか』のあとがきには、「本屋大賞が欲しい」という願望が吐露されつつ、「ライトノベルと呼ばれるジャンルですし、ほとんど不可能でしょうね」「ライトノベルってジャンルなだけで俎上にすら載らない気がするのですよね」と書かれて、疎外されている認識を漂わせている。 『ビブリア古書堂』がノミネートされたことがある以上、最初から除外されているわけではないことは分かる。「2024年本屋大賞」には知念実希人の『放課後ミステリクラブ 1 金魚の泳ぐプール事件』がノミネートされて、児童文学でも推してもらえることが示された。川上未映子や小川哲といった芥川賞直木賞の大看板を持つ作家と並んでの登場は、本屋大賞に本の多様性を尊ぶ意識がしっかり存在していることを表している。 売れている本をもっと売って盛り上がりたいという意識もあって良いし、知る人ぞ知る本を世の中に知ってもらいたいという意識があっても良い。そうした多様な考え方は、受賞作という1点だけを見ていては分からない。ノミネートされた作品も、それ以前の一次投票に挙がった作品も含めて書店員の思いだと感じてもらうこと。そうした思いをくるんだものが本屋大賞なのだと受け取ってもらえるようにすること。それによって、出版社が強烈にプッシュした作品が受賞する賞、人気作家に権威を与える普通の文学賞になってしまったという「本屋大賞」への異論を鎮め、書店員も読者も作者も誰もが幸せな気持ちで盛り上がれる賞になるだろう。
タニグチリウイチ