「自己責任論」は、人の行動や考え方にどんな影響を与えるのか…研究の「驚き」の結果
「自己責任論」の影響
だれかになにか悪いことが起きたときに、それを「本人の自業自得」だと考える「自己責任論」。 【写真】「日本のどこがダメなのか?」に対する中国ネット民の驚きの回答 自己責任論は、現代社会を考えるうえで一つの重要なキーワードとされることがある。しかし、自己責任論が、人の行動やふるまいにどのような影響を与えるのか、あるいは、自己責任論をもった人がどのような行動をとるのかは、一般的にはそれほど知られていない。 今回、自己責任論が、ある種の人々の行動やふるまいに与える影響を研究した、滋賀大学データサイエンス学部准教授の伊達平和さんと、東京通信大学人間福祉学部教授の稗田里香さんに話を聞いた(元の論文は「医療ソーシャルワーカーの依存症への関わりの積極性に対する規定要因――自己責任論に着目して――」〔2022年〕野村裕美・堀兼大朗との共著)。 * ――研究のポイントについておしえてください。 伊達:この研究はソーシャルワーカーを対象にしたものです。ソーシャルワーカーとはざっくり言うと、福祉、介護、医療などの世界で、問題を抱えている人たちの相談を受けたり、支援をしたりする人のこと。困りごとを抱えた人たちの回復の手助けをする人たちです。 この研究で明らかになったのは、ひと言で説明すると、〈依存症に対する自己責任論を否定できない医療ソーシャルワーカーほど、依存症の人に積極的に関わっていこうという意識が低い〉ということです。もう少し日常的に言い換えると、自己責任論をもっているソーシャルワーカーは、依存症の人に関わろうと思いづらいということ。 研究では、公益社団法人日本医療ソーシャルワーカー協会(JASWHS)に所属する5309人に調査をして、1211人から回答を得ました。 伊達:いくつかの質問をしているのですが、一つのポイントは、「本人が依存症になったのは自業自得・自己責任だと思いますか」という質問について、「1. 大いにそう思う」~「5. 全くそう思わない」の 5 段階で回答してもらっていることです。これを「自己責任論」の指標としています。 まず驚いたのは、この質問に「大いにそう思う」「そう思う」「どちらとも言えない」と答えた人が、あわせて約54%であったことです。 依存症治療の世界では、依存症が自己責任とはとらえがたいという説は、かなり一般的になってきています。薬物依存でもアルコール依存でも、本人が快楽のためにそれを求めているというよりは、なにか苦しい状況を緩和するため、自分をケアするために薬物やアルコールに手を出してしまうという見方――「自己治療仮説」と呼ばれています――が、ポピュラーになっているのです。 医療ソーシャルワーカーは依存症の回復などに深く関わる立場の人たちですから、本当なら、ほとんどの人に「依存症は自己責任ではない」と考えていてほしい。ところが、明確にそう答えている人は半数に達していないという状況でした。もちろん、はっきりと「自己責任だ」と回答する人は少なく、「どちらともいえない」と態度をあいまいにする人が約46%いたことにも注意する必要はありますが、まずこの事実が明らかになったことに、重要な意義があると思います。 稗田:少し補足しておくと、じつはこの研究より前にも、公益社団法人日本精神神経科診療所協会(日精診)が精神科医に対して「自己責任論」を調査した研究がありました(2019年に実施)。 じつはそこでも、「依存症は自業自得か?」という趣旨の問いにたいして、調査対象になった精神科医の約57%が、「全くそう思う 」「そう思う」「どちらとも言えない」と答えているのです。「自己責任でない」と明確に回答したのは約42%でした。 稗田:私は医療ソーシャルワーカーとして長く働いてきたのですが、この数字には衝撃を受けました。 そのあと2020年に、前述したソーシャルワーカーの協会であるJASWHSが、社会貢献事業部という部署に「依存症リカバリーソーシャルワークチーム」というチームを結成したことを受け、その活動のアクションプランを立てるために、ソーシャルワーカーに対しても同様の調査をすることにしたんです。 日精診さんから質問票使用の許諾を得たうえで、社会調査にくわしい伊達先生に相談をして、この研究が結実したわけです。 ――なるほど。専門家やその周辺の人であっても、正確とは言い難い意識を持っている人が多いというのは衝撃的です。それでは、「自己責任論」は、医療ソーシャルワーカーの考え方やふるまいにどのような影響を与えているのでしょうか。 伊達:この調査では、「今後のあなたの状況についてお伺いします.依存症問題へのあなたの関わりのスタンスについて,該当するものに〇を一つつけて下さい.」という質問もしています。「1. 積極的に関わりたい」「2. やや積極的に関わりたい」「3. どちらとも言えない」「4. できれば関わりたくないが,一応は相談対応をする」「5. 相談を受けることをお断りしたい」の 5 段階で回答してもらいました。 そして、この「関わりへの意識」と「自己責任論」についての意識を、統計的な手法(クロス集計ならびに二項ロジスティック回帰分析)を使って精査すると、「自己責任論についての意識」と「依存症への関わりの積極性」に有意な関連が見られたのです。 依存症に対する自己責任論を否定できないソーシャルワーカーほど、依存症の人に積極的に関わろうと思わない、自己責任論を否定できる人ほど、依存症の人に積極的に関わろうと思う……そんな結果が明らかになりました。 * 【後編】「「自己責任論」は「福祉の現場で働く人」に意外な影響を与えていた…その驚くべき実態」の記事につづきます。
伊達 平和、稗田 里香