初登場1位も懸念あり 『スオミの話をしよう』の話を正直にしよう
9月第3週の動員ランキングは、三谷幸喜監督・脚本、長澤まさみ主演の『スオミの話をしよう』が1位に初登場。オープニング3日間の動員は31万3000人、興収は4億3900万円。月曜日の祝日を含む公開から4日間の動員は43万1000人、興収は5億9700万円。この4日間の興収は、5年前の2019年、ちょうど同じ9月のシルバーウィークに公開された三谷幸喜監督の前作『記憶にございません!』の初動との比較で68%の数字。『記憶にございません!』の最終興収は36.4億円。前々作『ギャラクシー街道』(最終興収13.2億円)で毀損しかけた興行面における三谷幸喜ブランドは、『記憶にございません!』でなんとか持ち直したかたちとなっていたが、現状、『スオミの話をしよう』は少々怪しい雲行きとなっている。 【写真】派手なドレスを着た長澤まさみ ご存知のように、劇作家、そしてテレビドラマ脚本家としての三谷幸喜は絶大な信頼を集めている存在。また、今回の『スオミの話をしよう』公開タイミングでのフジテレビ挙げての番宣出演の絨毯爆撃においても、そのテレビタレントとしての才覚を遺憾なく発揮していた(自分が見たいくつかの番組では、その番組の全出演者の中で常に最も笑いをとっていた)。それに比べると、映画界においてはヒットメイカーとして一目は置かれていても、現在の演劇界やテレビドラマ界におけるような絶対的なポジションをこれまで築いてきたとは言い難い。 原作&脚本だけを手がけた作品を除いて、三谷幸喜がこれまで映画で監督を務めた作品はすべてコメディ作品。つまり、三谷幸喜監督作品の評価基準はこれまでずっと面白いか面白くないかであり、それをジャッジしてきたのは批評家ではなく、公開初週に映画館に駆けつける観客だった。前々作『ギャラクシー街道』の失敗はそこで悪評が早めに立ってしまったことにあったわけだが、今回の『スオミの話をしよう』でもそれに近い現象が起こっている。 批評家としては、そこにどれだけ影響力があるかは別として、面白いか面白くないか以外の部分で映画として語るべきなのだが、三谷幸喜監督作品の大きな特徴は、映画としてのルックや演出方法がほぼ変わらないところにある。それは、撮影、照明などの技術スタッフがこのところずっと同じであることにも表れている。そして、その特徴的な奥行きも陰影もないフラットなルックは、好意的に解釈すれば古典ハリウッドコメディ映画的な雰囲気を狙っているのだろうが、これまでもそれがあまりうまくいっているとは思わなかったし、今回は特に時代遅れ感を強く感じた。三谷幸喜作品という括りにおいては、脚本を手がけているテレビドラマの時代劇の方が、むしろ映画よりも画面がリッチという、不思議な逆転現象が起こっているのだ。 また、『スオミの話をしよう』はもともと演劇的だった三谷幸喜監督の過去作と比べても、際立って演劇的な演出が駆使されている作品で、エンドロールではミュージカル劇のパロディまで披露される。「それだったら演劇でやればいいのに」と思う人もいるかもしれないが、そうではないのだ。演劇から愛され、テレビドラマだけでなくテレビバラエティからも愛されてきた三谷幸喜は、いつか映画にも愛されるまで、きっと映画を撮り続けるだろう。
宇野維正