野党政治家が「最高皿洗い責任者」に転身? シンガポールでカフェ開店、その狙いは
与党人民行動党(PAP)の一党支配が長く続くシンガポールで、野党政治家がカフェの経営に乗り出した。抑圧的な政治体制の下、国政で中小野党が活躍する余地は少ないが、カフェで市民との距離を縮めることを模索している。(共同通信=角田隆一) 「最高皿洗い責任者が私の役割」。シンガポール民主党(SDP)のチー・スンジュアン書記長(61)は落ち着いた欧風の内装のカフェ「オレンジ&ティール」で笑った。新型コロナウイルス禍の中、2021年に1号店を開き、2022年に2店目が続いた。「人気は牛のほほ肉の料理」。客からの評判は上々のようだ。 SDPは経済格差の縮小などを訴える中道左派政党。かつては議席を確保していたが、チー氏が党トップに就いて以来、選挙に勝利していない。チー氏は前回2020年選挙では小選挙区で、得票率約43%で敗北した。 英エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによると、シンガポールの民主主義指数は世界70位で「欠陥のある民主主義」に分類。与党に有利な選挙制度が一党支配を可能にしてきた。
なぜカフェを開いたのか。チー氏は「偉大な思想家はカフェで考え、議論をした。シンガポールにはそうした場所が少ない」と語る。カフェでは詩の朗読会や討論会などを定期的に開いている。 また、能力主義を掲げ元高級官僚や元軍人などエリートが多いPAPへの批判も展開する。「彼らは1日でも(庶民の)本当の世界で働いたことがない。ただ批判するのではなく、自分でやってみたいと思った」として、政策がどう現場に反映されるのか理解したいと述べた。 チー氏はもともと、米国の大学で神経心理学の博士号を取ったシンガポール国立大の研究者だった。野党政治家に転じ、何度も拘束された。元首相らに名誉毀損(きそん)で訴えられたこともあり、政治家を選んだことを「母親には本当に怒られた」と苦笑いする。経済や教育政策で「(与党とは違う)代わりの道があると市民に示したい」と話す。 シンガポールでは2024年にもリー・シェンロン首相が退き、ローレンス・ウォン副首相兼財務相に禅譲する。国父リー・クアンユー氏の長男であるシェンロン氏が強力な指導力を発揮した一方、後継世代には「シェンロン氏ほどのカリスマ性はない」(地元研究者)。
シンガポールは今後、変わるのか。「永遠に続くものはない」。チー氏は次期総選挙にも出馬する考えだ。