覚えてる? 街彩った熊本市電「花電車」 1924年に誕生、2012年運行中止に【写真で振り返る市電100年 番外編】
電球などさまざまな装飾で車体を飾る熊本市電の「花電車」。祭りやイベントなどを華やかに盛り上げる特別な車両として、市電100年の歴史の中でも度々登場する。今回は「写真で振り返る 熊本市電100年」番外編として、花電車の歴史を紹介する。 熊本市電が開業した1924年8月、初の花電車となる2両が街中を走った。「熊本市電70年」(細井敏幸著)によると、1両は宝船をかたどり、千両箱や米俵を満載=写真①。もう1両は客車を紅白の幕や造花で飾り付けた。いずれも国旗と市電の旗を掲げ、数百個の電球をちりばめていたという。 太平洋戦争をはさみ、再び花電車が街中を走ったのは約30年後。当時の熊日と細井さんによると、熊本市中央区の水前寺成趣園周辺で54年に開催された「熊本交通観光博覧会」を盛り上げる車両。鶴屋など百貨店2店が1カ月かけて作り、電灯500個にスピーカー、加藤清正の造り物などを飾り付けた=写真②。熊日は「約50万円はかかったご自慢の花電車」と紹介した。
当時の花電車は、土ぼこりを防ぐため軌道敷に水をまく散水車2両と、貨車1両を活用していた。3両は68年までに廃車となり、しばらくは客車を装飾する方法が続いた=写真③~⑤。 最近の記憶に残る花電車が登場したのは、「火の国まつり」が契機だった。78年に前身の祭りから名称と開催時期を現在の祭りに変更。初回を盛り上げようと、客車を飾った花電車が走った。ところが「物足りない」との意見が相次ぎ、翌年には使っていない車両の上部を切断した車両が花電車専用に登場。82年までに計3両を製作した=写真⑥。 それから約30年間、花電車は火の国まつりを盛り上げ続けた。開催1週間前などから運行を始め、夜間はライトアップ。企業から協賛金を募って運行し、近づく祭りを市民に知らせてきた。 しかし、花電車にも大きな転機となる出来事が-。2011年の東日本大震災。各地の原発停止などに伴う全国的な電力不足の影響で、11年は事業費を熊本市が負担して短縮運行した=写真⑦。12年に発表した市の節電方針では、照明の消灯拡大や熊本城ライトアップ時間短縮などが盛り込まれ、花電車の運行も中止に。翌年以降も運行中止が続いた花電車は、15年までに全て廃車となった。
これまでさまざまな記念日やイベントを盛り上げてきた花電車。再び街中で活躍する姿を、楽しみにしている市民は少なくないだろう。(九重陽平)