「介護ヘルパーの乱」が暴いた国の介護つぶし
「準市場論」のつけ
このような介護保険の枠組みの根底に新自由主義的な「準市場論」があったことも、裁判では指摘されている。 準市場論は、介護報酬という公的な仕組みの下で、企業やNPOなどの民間組織が参加し、市場競争することで良質のサービスが提供できるというものだ。利用者はサービスの多様化によって選択肢が広がるとも言われてきた。 だが、現実に選択肢が広がったのは大手企業だった。資本の力を活かして利益の上がる利用者へのサービスを拡充し、割に合わない低所得層は、零細だが良心的な事業所に押しつける結果になったからだ。ミルクからおいしいクリームの上澄みだけを取り出す手法になぞらえた「クリームスキミング」のビジネスモデルだ。 ヘルパーの高齢化や人手不足、事業の収支悪化などが響き、昨年の介護事業所の倒産は60件に達し、共同通信の全国調査では、地域介護を支える社会福祉協議会の訪問介護事業所が、過去5年間に約220カ所、約13%減っていることもわかった。 東京都内に住む私の身近でも、人手不足で訪問ヘルパーを派遣できないと言われた人々は目立つ。 こうした現状を背景に、法廷では「介護報酬を抑え込めば、介護保険制度は維持できても介護は維持できなくなる」「裁判官は介護を自分事として考えて」という原告の悲鳴のような訴えが続いた。 だが、国は判決に先立つ1月22日、介護報酬の改定率はプラス1・59とする一方、実態に合わない調査の数字をもとに「黒字だから」と訪問介護では引き下げ方針を発表した。代わりに職員に対する処遇改善加算を引き上げるとされたが、申請に手間がかかり、利用できない例も少なくない。 原告らはこれこそ「著しい不合理」を示す新しい事態として、最高裁への上告を決めた。 働く人の立場が軽視され続けてきた介護の世界で、女性ヘルパーたちの「乱」が、この国の介護の劣化の真の原因を照らし出しつつある。
竹信三恵子・ジャーナリスト、和光大学名誉教授。