真夜中の田舎道で迷った男が見てしまった「もの」とは…ホラー超短編集『5分後に取り残されるラスト』
5分は人を歪めるには十分すぎる長さ
5分という時間で人に恐怖を与えることは可能なのだろうか。 小説創作プラットフォーム『エブリスタ』と河出書房新社が組んで刊行している『5分シリーズ』は、5分で心を動かす超短編小説をテーマごとに集めた人気シリーズだ。これまでに40巻が刊行され、累計160万部を突破している。その記念として同シリーズがホラー作家の梨氏とコラボした『5分後に取り残されるラスト』が10月29日に発売され、話題となっている。 【表紙からも不穏な気配】すごい…制服姿の女の子が…『5分後に取り残される…』カバービジュアル 梨氏はインターネットを中心に執筆、今年7月~9月に開催されて話題になった『行方不明展』の共同プロデュースを手がけるなど、幅広く活躍するホラー界の新鋭だ。同書では梨氏がセレクトした5分で読んだ者を不条理な世界に〝取り残す〟10編のホラー作品が収録されている。 同書でプロローグと解説を担当した梨氏は「解説」の中で次のように述べている。 《各作品の読了にかかる所要時間は、およそ五分。一見短いようにも思える時間ですが、人を歪めるには十分すぎる長さです。十秒あれば人は死にますし、一秒未満の一瞬で差し挟まれるサブリミナル効果によっても、人の購買行動を変化させることだって可能なのですから。》 同書に収録された作品の中からせなね氏の『泣いている女の子』を紹介する。5分間で日常の世界からずれてしまった場所に〝取り残されてしまう〟不条理をぜひ体験していただきたい。 ◆見知らぬ無人の執着駅に取り残された男は…… まだ携帯電話が普及していなかった頃の話である。 営業職をしているAさんは、客先から直帰する電車の中でつい居眠りをしてしまい、降りる駅を大幅に乗り越してしまった。 辿り着いたのは、見知らぬ無人の終着駅。終電の時間はとうに過ぎている。 ──仕方ない。タクシーを呼ぶか。 そう思い、Aさんは公衆電話にテレホンカードを差し込んだ。が、反応がない。あれ? と思い、今度は硬貨を入れてみる。カランッという乾いた音と共に、十円玉が返ってきた。どうやら故障しているらしい。 「まいったな」 仕方なく、Aさんは他の公衆電話を求めて歩くことにした。 駅から一歩外に出てみると、そこは街灯の明かりがポツポツあるだけの、寂しい田舎の畦道だった。 田んぼの向こうに、うっすらといくつかの人家が見える。しかし、どの家も明かりが消えている。電話を貸してください、とは、とても頼(たの)めそうにない。 ──でもまあ、集落に辿り着ければ、公衆電話の一つくらいは見つかるだろう。 今とは異なり、公衆電話がそこら中にあった時代である。面倒だと思いはしたものの、Aさんはそこまで悲観はしていなかった。 都会とは異なり、誰ともすれ違わない暗い田舎の夜道を、一人淡々と歩いていく。 季節はもうそろそろ秋になろうとしていたが、不思議と虫の鳴き声がしなかった。 この時期の田んぼにしてはやけに静かだな、と内心で首を捻っていると── 突如(とつじょ)、Aさんの周りがオレンジ色の光に包まれた。 後ろを振り向く。そこには一台の車がおり、ハイビームでAさんの方を照らしていた。 ◆この道はね、『でる』んですよ まぶしさに目を隠しつつその車を見やると、何とそれはタクシーであった。しかも、どうやら空車のようである。 これ幸いとばかりに、Aさんは手を振ってタクシーを呼び止めた。 タクシーは滑るようにAさんの側までやって来ると、停車し、ドアを開けた。 乗り込むと、運転手が人懐っこい笑みを浮かべて言った。 「こんな夜中に、お一人でどうしましたとね?」 運転手は五十絡みの小柄な男だった。Aさんは事情を説明した。 「ああ、それは災難でしたな。よりにもよって、こんな田舎が終点の※※線で寝過ごされるとは。ところでお客さん、どちらまで行かれますか?」 「とりあえず、※※市のホテルまでお願い出来ますか?」 運転手は、了解しましたと言い、タクシーを発進させた。 「いや、それにしてもお客さんは運が良いですよ。私は今日、どうしてもやむを得ない事情があって、こんな時間に『こんな』道を走っとるんですが、普段は絶対、夜中にはここを通りませんからね。いや、本当に運が良い」 お客さんは運が良いですよ、と運転手は再度繰り返した。明らかに含みのある言い方であった。興味をそそられたAさんは、ここは何かあるんですか? と尋ねた。 すると、運転手は、 「ええ、ありますとも。大ありですよ」 と言い、大袈裟に首を上下させた。 ──この道はね、『でる』んですよ。 何が、と聞かなくても、Aさんには察しがついた。 「『でる』って、それは幽霊のことですか?」 「ええ、ええ。そうなんです。ここはね、夜中に『でる』って、仲間内では有名な所なんですよ」 「それは、いったいどんな──」 と、尋ねようとしたところで、急ブレーキが踏まれた。 ◆真っ赤なワンピースを着たお下げ髪の女の子が… Aさんは盛大につんのめり、頭を運転席のシートにぶつけてしまった。 「……っ! いったいどうし──」 身体を起こした瞬間、Aさんは『それ』を見てしまった。タクシーのハイビームが照らす先、そこに── 女の子が一人、道路脇の木の下にしゃがみ込んでいた。 その女の子は三つ編みで、真っ赤なワンピースを着ている。歳の頃は七つかそこらだろう。Aさんは思わず腕時計で時刻を確認した。もうそろそろ、夜中の一時に迫ろうとしている。そんな時刻に、こんな場所であんな小さな女の子が一人で泣いているなど只事ではない。何かあったのではないかと考えたAさんは、女の子に駆け寄るべくタクシーのドアに手をかけた。と、 「行ってはいけない!」 運転手の怒声に、思わず手を引っ込めた。 「な、何を言ってるんですか? あんな小さな女の子がこんな夜中に泣いてるんですよ! 絶対只事じゃありませんって!」 Aさんは抗議した。 しかし、運転手は青い顔で首を横に振るばかりだ。 「行ってはいけない。行っちゃダメだよ、お客さん。……アレはね、この世のものじゃないんだ」 すっと、Aさんの顔から血の気が引く感触がした。 「さっき言ったろう、『でる』って。アレだよ。アレが、そうなんだよ……」 運転手は震える手で女の子を指差した。 怯える彼の様子を見て、Aさんは気を取り直した。冷静に考えると、確かにこんな夜中に泣いている女の子など、事件というよりは『そっち』の可能性の方が遥かに高い。運転手の言う通り、アレはきっと、この世のものではないのだろう。たぶん、きっと。 でも── 「ああ、くわばらくわばら。良くないものを見ちゃったよぉ。まいったなぁ、まいったなぁ。だからオレは、この道は嫌なんだよぉ」 運転手がぶつくさ言いながらギアをいじっている。カコンッ、という軽い振動がすると、タクシーは再びゆっくりと走り始めた。 女の子らしきものの横を通り過ぎる。 その瞬間、Aさんは見てしまった。 その子が、すがるような眼差しで、Aさんを見ているのを。 途端、Aさんの身体は勝手に動き出していた。躊躇なくタクシーのドアを開け、女の子のもとへ駆け出す。 バカなことをしている、危険なことをしている、という自覚はあった。 しかし、たとえあの子が本物のバケモノで、この先自分がつまらないホラー映画のように酷い目に遭ったとしても── ──それでも、泣いている女の子を見捨てることは出来ない。 Aさんには、どうしても、『それ』だけはすることが出来なかった。 ※ (せなね著「泣いている女の子」より前半部分抜粋/梨編著『5分後に取り残されるラスト』河出書房新社より) Aさんが女の子を見捨てることができないと思った理由とは?【後編】ではその理由が明らかになる。そしてAさんを待っていた驚愕の結末とは…… 【後編】「やっぱり来てくれた」その女の子はにぃっと笑って…〝5分後に取り残される〟超短編ホラーの結末 『5分後に取り残されるラスト』(梨・編著/河出書房新社) プロローグ全文公開
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