【エイブラハム・リンカーン】アメリカ史に輝く偉大な大統領の意外な影響とは!?
第16代アメリカ合衆国大統領として、5ドル札などに肖像を残すエイブラハム・リンカーン。しばしば“歴代最高の大統領”と評され、「人民の、人民による~」というゲティスバーグ演説でも有名。そんな歴史上の偉大な人物を、モーリーはどう見ている!?
リンカーンがアメリカ、世界の歴史に残した功績は巨大。その出自や人となりはアメリカの理想であり、強烈なアイデンティティというべきものです。彼は貧しい家に生まれ、森を開墾してログハウスに住みました。まともな教育を受けず、独学で弁護士になった。すべて自力でやり、身を立てた人でした。これが多くのアメリカ人が彼を理想とする大きな理由です。勤勉に働き、すべて自分でやるという美意識と宗教観が渾然一体となり、アメリカ式の“国の使命”という考えを形作っています。 また、英語で「アメリカは~」と話すとき、南北戦争前は複数形のareを使っていました。もともと州の寄り合い所帯だから。ところが南北戦争でユニオン(統一体)という考え方が強くなり、単数形で語られるようになっていく。もし奴隷制が廃止されなかったり、遅れたりしていたら、現在の世界地図は全く変わっていたでしょうね。アメリカを名乗る国家がふたつあったかも。それほど大きい存在です。 リンカーンは南北戦争後、南部の農地改革と財閥解体をやりませんでした。あまり挑発すると国がひとつになれないと考えた。ただ、その寛容さがあだとなった部分もありました。南部連合は大地主の集まりで、戦争には負けたけど、金はあり余っている。ツケは小作人となった貧しい白人に回され、自分たちは議員を出し続けた。そしてその奥様方が歴史修正に精を出しはじめます。 ロビー活動をし、学校の教科書を書き換えた。南部がいかに勇敢に戦ったか、奴隷がいかに幸せだったかとね。北部側もこれを止めなかった。その結果、南部に“失われた大義”というイデオロギーを浸透させます。我々の魂は負けていない、と。これは第二次大戦後の日本にもあり得た話。GHQが教育を狙い撃ちし、財閥や地主の資産を取り上げたのは、南北戦争後のねじ曲がった歴史を教訓にしたから。奴隷制の廃止という単純な話ではないんです。 こうして南部には、ある種の被害者意識が根強く残りました。それがニクソンの頃から“南部戦略”として利用されます。南部の人種差別感情を煽る選挙戦略で、その後のレーガンやブッシュも継承します。彼らはステイツ・ライツ(州の権限)を主張する。その言葉は南部の人にとって犬笛のようなもので、奴隷制の肯定を含む世界観を呼び覚ます。最近ではフロリダ州知事が、教科書から同性愛を擁護する文言を消すということをやりました。南部の婦人がやった戦略そのもの。歴史戦はまだ終わっていないんです。 トランプもそこに目をつけますが、差別の肯定だけではオバマ以降のアメリカでは勝てない。そこで白人労働者に向け、グローバリズムに対する被害者意識を煽った。奴隷制の頃は豊かだったのに……という歴史観と共鳴させ、連結することに成功したのがMAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)です。今回の大統領選は、人種や産業形態、あるいは家族像やマイノリティの権利といった部分で分裂するはず。南北戦争にまで遡る問題が、形を変えながら続いているんです。 リンカーンといえば「人民の、人民による……」という演説ですが、これは激戦となったゲティスバーグで行われました。一方、戦争が終結したときにリッチモンドで行った演説は、すごく事務的な内容でした。遺恨を残したくなかったようですね。だから国を作り直すのに必要な手短な演説をやり、みんなをポカンとさせた。そしてその後、劇場で暗殺されます。 彼は護衛をつけるのを嫌いました。同じ国の人を信用していないように見られるのは嫌だと。正直なアメリカ市民なんですよね。彼の遺体は列車に乗せられ、縁のあった土地に送られます。そのときに各地で弔われたことで、大きな犠牲を払ってアメリカを正しい方向に導いたという、今日のアメリカ人が共有するリンカーンの物語が固まったのだと思います。