下位指名の社会人投手、古田島成龍がパ・リーグ史上初ルーキーになるまで
プロ1年目で50試合以上に登板し、防御率0点台を記録したパ・リーグ史上初のルーキー、オリックス・古田島成龍(こたじませいりゅう)がスターとなる前夜に迫った。 【写真で振り返る】プロ野球選手たちのスターとなる前夜
パ・リーグ史上初記録を樹立したルーキー
前回の連載ではパ・リーグの新人王が最有力とみられる武内夏暉(西武)を取り上げたが、パ・リーグのルーキーでもう1人、驚きの活躍を見せた選手がいる。 それがオリックスの古田島成龍だ。ドラフト6位での入団ながらキャンプ、オープン戦から結果を残して開幕一軍入りを果たして中継ぎ陣の一角に定着すると、いきなりデビューから22試合連続無失点というNPBタイ記録を樹立。 惜しくも新記録達成はならなかったものの、夏場以降も安定した投球を続け、50試合に登板して2勝1敗24ホールド、防御率0.79という見事な成績を残したのだ。 ちなみにパ・リーグのルーキーで50試合以上に登板して防御率0点台を記録したのは史上初のことである。
1年秋からエースになるも指名はなく社会人野球へ
そんな古田島は茨城県の出身で高校時代は地元の取手松陽でプレー。1年秋からエースとなり、県内では名前が知られた存在だったが、3年夏は春先に負った怪我もあって登板することはできず、チームも2回戦で霞ヶ浦に敗れて早々に敗退している。 ちなみにこの時の相手のエースは遠藤淳志(現・広島)だった。中央学院大に進学すると2年春から投手陣の一角に定着。3年秋にはチームを優勝に導き、MVPも受賞している。遠藤はこの頃から関東の大学球界では注目の投手となっていた。 その後の古田島も決して順調だったわけではない。特に強く印象に残っているのが3年秋にリーグ優勝した後に出場した横浜市長杯だ。 初戦で桐蔭横浜大を相手に先発すると、相手の4番でこの年のドラフト1位で指名されていた渡部健人(現・西武)にあわや場外弾という特大のホームランを浴びたのだ。 プロでもなかなか見ないレベルの当たりであり、打ったのがドラフト1位の渡部ということもあって、この映像はたびたび取り上げられることとなった。結局6回途中まで1失点と好投したものの、チームは敗れている。 4年秋にはチームは創部初となる明治神宮大会優勝を果たし、古田島自身も3試合に登板しているが、好調時に比べると明らかにコントロールが不安定であり、状態は落ちている印象を受けた。 大学卒業時点でもプロ志望届を提出したものの、結局指名はなく社会人野球の日本通運に進むこととなる。