フェンシングの剣、包丁にアップサイクル 越前打刃物の工房、折れても再利用
福井県越前市に伝わる「越前打刃物」の工房が、折れたフェンシングの剣で包丁を作った。パリ五輪に出場した同市出身の見延和靖選手が、不要品に付加価値を付けて生まれ変わらせる「アップサイクル」として提案。電線を通す溝の跡を残し、独特のしなりがある包丁に仕上げた。製作を手がけた高村光一さん(60)は「包丁を通じてフェンシングのことを知ってもらえたら」と話す。(共同通信=恒吉慧梧) 日本スポーツSDGs協会によると、フェンシングの剣は半年から1年使うと折れ、廃棄されてきた。ニッケルやモリブデンといった高価な素材を含む「マルエージング鋼」でできている。2021年の東京五輪が終わったころ、見延選手や協会から「越前打刃物の技術を活用できないか」と、以前から親交のあった高村さんに声がかかり、試作が始まった。 マルエージング鋼はしなりが良く、折れにくい半面、硬度は低い。高村さんは約800度の高熱を加え冷却する「焼き入れ」という工程の代わりに、より低い温度で長時間熱すると硬度が高まる「時効硬化」という現象を活用し、包丁として使える硬度を確保した。
まず折れた剣の柄から十数センチの部分を約800度の熱を加え、たたいて延ばす。再び800度で熱し金属内組織を再生した後、約480~550度で約5~6時間熱し、一気に冷却。磨きや研ぎの過程を経て、包丁に生まれ変わる。 剣にある電線を通すための溝は延ばす過程でつぶれてしまうが、表面を磨くと跡が浮かび上がる。「この溝がフェンシングの剣であった証拠だ」と高村さん。完成品を手にした見延選手は「何も文句はない」とうなったという。 包丁は長さ約30センチ、刃渡り約17センチで、1本9万8千円(税別)。全て手作業のため、大量生産はできない。日本スポーツSDGs協会のオンラインショップで販売している。 パリ五輪で見延選手は男子エペ団体で銀メダルを獲得した。高村さんは「包丁を手に取って、選手の努力や日本の技術に思いをはせてほしい」と語った。