<斎藤幸平>近い将来、何を食べるかもChat GPTが決める時代がやってくる!? 〈コモン〉と〈自治〉が危機の時代を生き抜くためのカギになる理由
人新世の複合危機
現代の困難な状況を「複合危機」(ポリクライシス)と呼ぶようになっている。新型コロナ・ウイルスのパンデミックもその危機のひとつであったし、止まらない気候変動の影響で食糧危機や水不足、難民問題などが今後もさらに深刻化していくだろう。 そうなれば当然、資源獲得競争や排外主義の台頭によって世界がさらに分断されていく。それが、今度はインフレや戦争のリスクを増大させる。 つまり、自然環境破壊や経済危機、地政学リスクなどの複数のリスク要因が増幅し合い、文明と平和、生存を脅かすのだ。 今後、複合危機によって事態が悪化することはあっても、急激に改善することはない。私たち人類の経済活動がこの惑星全体で不可逆的な変化を起こした結果、慢性的な緊急事態に突入しているからだ。それが「人新世」という時代なのである。 「人新世」とは、資本主義のもとでの人類の経済活動が、この惑星のあり方を根底から変えてしまった時代を指す、地質学の概念だ。地層というのは本来、非常にゆっくりとしたペースで形成される。 しかし、化石燃料を大量に消費する資本主義の発展に伴い、自然の時間とはまったく違う急速なスピードで、人類が地球全体を改変するまでに至った。資本の終わりなき利潤獲得が、地球という人類共通の財産=〈コモン〉を痛めつけたせいで、もはや地球環境は修復不可能な臨界点に近づいている。その帰結が、「人新世」の複合危機だ。 「人新世」の危機が深まれば、市場は効率的だという新自由主義の楽観的考えは終わりを告げる。むしろ、コロナ禍でのロックダウンであるとか、物資の配給、現金給付、ワクチン接種計画のように、大きな国家が経済や社会に介入して、人々の生を管理する「戦時経済」に変わらざるをえないからだ。ここに、資本主義の危機がある。
近い将来、「何を食べるか」もChat GPTが決める!?
その戦時経済は、民主主義の危機をも引き起こす。慢性的な緊急事態に対処するために、より大きな政治権力が要請されるからである。要は政治がトップダウン型に傾いていくのだ。 そんななかで、もし排外主義的なポピュリストが権力を握って、暴走を始めれば、民主主義は失われてしまうだろう。全体主義の到来だ。 こうした最悪の事態を避けるために、トップダウン型とは違う形で、「人新世の複合危機」へと対処する道を見出す必要がある。 そして、それが「自治」という道にほかならない。 もちろん「自治」に希望を見出すことについて、あまりに理想主義だと感じる方もいるだろう。実際、私たちはこの社会のルールや仕組みについて、責任を持って自分たちで決め、運用していると胸を張って言えないはずだ。 日常生活において、自分たちで決められることはとても限られている。自由に決められるのは、コンビニでどのお菓子を買うかとか、休みの日にどこに遊びに行くかを決めることくらいではないか。 その際にも、スマホに表示される商品のレビューやGoogle Mapの指示に従って私たちは行動している。もうあと数年すれば、何を食べるか、休日に何をするかをChat GPTに決めてもらう日が来るかもしれない。 そう、私たちは、自分たちでは何も決めることのできない他律的な存在になっている。日々の生活でもこんな状況なのに、政治や社会についての重大な決定を、私たちが責任を持って行うことなど想像すらできない。それは当然のことだろう。 しかも、競争の激しい自己責任型社会に生きる私たちは、他者と協働して、大きな課題に取り組む力を失いつつある。それよりお金を稼いで、自分たちの個人的な欲求を満たすほうに関心を持つようになっている。 けれども、そうやって「自治」の力が弱まるうちに、一部の政治家や富裕層、そして大企業が自分たちに有利になるルールをつくって、ますます社会を私物化するという悪循環に陥っていないだろうか。
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