記憶喪失「ピアノマン」の知られざる近況 地元の人間誰もが口を閉ざす理由とは
あっけない幕切れ
報道は過熱し“フランスの大道芸人説”や“ゲイのポルノ男優説”から“1999年にカナダで保護され、その後行方不明になっている身元不明人「ミスター・ノーバディ」だという説”、さらには“設定が酷似している前年の映画「ラヴェンダーの咲く庭で」の宣伝説”まで、さまざまな仮説が入り乱れた。 しかし、幕切れはなんともあっけないものだった。 半ばあいさつと化していた、看護師からの「今日は何か話してくれるかな?」という毎朝の問いかけ。保護から約4カ月がたった8月のある日、ピアノマンは突然、この質問に「はい、そうします」と口を開いたのだ。 果たして、世界中の注目を集めた「ピアノマン」の正体は、アンドレアス・グラッスルという名の20歳のドイツ人青年であった。 当時の報道によれば、ピアノマンはチェコとの国境に近いドイツ南部のプロズドルフという農村の出身。乳牛40頭を飼う大農家の長男だった。学業優秀で、高校卒業後は精神障害者施設で働いた後、家族に「パリに勉強に行く」と告げたまま、音信不通になったという。
ピアノマンのその後
家族はドイツとフランスの警察に捜索願を出していたものの、母親ですら、ひげをそって髪形が変わった息子の姿に気付かなかったという。であれば、他人である警察ならなおさらである。 騒動後、「詐病ではないのか」「本当にピアノは弾けるのか」などいくつかの論争も起きたが、結局、真相は藪の中。ピアノマンのその後も、「スイスに留学した」と報じられたことがあった程度で、詳細はほとんど明らかになっていない。 なおもミステリアスなピアノマンは現在、どこでどう暮らしているのか。在欧ジャーナリストの坂井明氏に郷里周辺を探ってもらった。坂井氏によれば、 「彼が生まれ育った村は人口100人足らず。人の数より乳牛の数の方が多いような村ですから、少し聞き込みすれば、すぐに分かると思ったんですが……」
言葉を濁し始めた地元記者
ピアノマンの帰郷後、父親は2人の弁護士を雇ってマスコミに対応。その時の弁護士の一人に話を聞いてみたものの、 〈もう大昔のことですからね。約20年前に弁護士としてピアノマンを担当したのは確かですが、その後、彼がどうなったかは、まったく知りません〉 と、つれない反応だったという。 坂井氏が続ける。 「それならば、と地元紙記者に連絡をしてみたんです。すると、当初は『一時期、スイスに行っていたのは事実だけど、今はこの地域で健康に暮らしているよ』と話してくれた。それどころか、『彼の現在をよく知る人物に心当たりがあるから話を聞いてみる』とさえ言う。ところが、数日たって送られてきたのは、『役場の人たちも“グラッスルさんの息子のことは何も分からない”って言うんだ……』という期待外れの内容だったのです」 地元記者が突然、言葉を濁し始めたことをけげんに感じた坂井氏は、思わず「本当に彼は今も生きているのか」と聞き返した。 「彼は『ピアノマンは病気ではないし、健康に生活している』と明言はするものの、それ以上は語りたくないといった感じでした」