ジェイコブ・コーラー、被爆ピアノによるオール・オリジナル曲のフル・アルバムをリリース
ジェイコブ・コーラーが、被爆ピアノによるオール・オリジナル曲のフル・アルバム『プレリュード・フォー・ピース』を2月26日(水)にリリース。 ジェイコブ・コーラーが3年前に広島で、被爆ピアノの所有者で調律師の矢川光則と出会い、原爆ドームで被爆ピアノによるストリートピアノを弾いたことがきっかけ。 広島と、平和の為に世界を駆け巡る被爆ピアノの所有者調律師の矢川光則に出会って、インスピレーションを受けて作曲したオール・オリジナル曲のフル・アルバムが完成。 レコーディングは、80年前に原爆にも耐え生き残った奇跡の被爆ピアノを演奏。広島の原爆ドームと被爆ピアノ資料館にてライヴ・レコーディングを行い、ジェイコブ・コーラーが被爆80年へ平和の祈りを込めました。 アートワークはスロバキア出身の画家であり音楽家のLeon Terashima。ジェイコブ・コーラーが原爆ドームで弾いた「荒城の月」にインスパイアされて描き上げた作品。 “月が輝く限り、原爆ドームも永遠に輝き続けていく”。 [新しいアルバムに込めた、僕の心からの想い] 人生の方向を大きく変えるような経験は、そう頻繁に訪れるものではありませんが、数年前、広島の原爆ドームの前で矢川光則さんと出会い、彼が手掛けた「被爆ピアノ」を弾く機会を得たことは、僕にとって、まさにそんな特別な経験の一つでした。 矢川さんから「コンサートで広島にせっかく来るなら、原爆ドームの前で被爆ピアノを弾いてみませんか」とのお話を初めて伺ったとき、どう答えればいいのか分からず心に小さな不安が広がりました。 何を弾けばいいのか全く見当もつかず、正直なところ、このまま引き受けていいものか少し迷いもありました。それでも、この特別な機会を不安に負けて逃すわけにはいかないと感じ、「やらせてください」と答えました。 演奏の前に、被爆ピアノの所有者であり調律師でもある矢川光則さんとお会いしました。最初は、厳粛で重々しい曲を弾かなければならないのではないかと思い込んでいました。 しかし、矢川さんとお話をし、原爆ドームの前で少し時間を過ごすうちに、自分が考え過ぎていることに気づきました。その場のエネルギーを感じ、楽器と向き合い、自分らしく演奏すれば良いのだと思えました。 僕のどの演奏でもそうしているように、目の前の瞬間に集中すれば良いと。 ピアノの前に座ると、頭の中に瀧廉太郎の「荒城の月」がふと浮かび、それが被爆ピアノで弾いた最初の曲となりました。その後、次々に曲が浮かんできて、地元の方々や観光客が足を止めて音楽を楽しんでくれました。 そのおかげで、それは、僕にとって人生の中でも心温まる一日となりました。 また、この日には、世界トップレベルのクロマチックハーモニカ奏者である徳永延生先生とも出会い、一緒に「戦場のメリークリスマス」を演奏するという忘れられない経験もしました。 このCDにボーナストラックとしてこのカバー曲を収録した理由は、その日の思い出がとても特別だったからです。 その後も矢川さんといくつかの動画プロジェクトでご一緒する機会に恵まれ、その生き方や信念を直接伺うことができました。 彼は生涯をかけて被爆ピアノを修復し、日本や世界各地を巡りながら平和を訴え続けています。年間200回以上もの被爆ピアノ講演会および平和コンサートを行い、その年間の3分の2は旅先で過ごしていると伺いました。 矢川さんは意図的にピアノに新しい部品を追加せず、できるだけ被爆直後の状態を保つよう努めています。被爆ピアノの音色は非常に独特で、普通のピアノとは異なる響きと感触があります。 そのため、僕はこれをピアノという楽器とはまた別の特別な楽器のように感じています。 何度か被爆ピアノを弾く機会をいただき、矢川さんの素晴らしい活動に触れる中で、どうしても被爆ピアノを通じてアルバムを作り、平和に捧げたいという強い想いが芽生えました。 このプロジェクトの主なテーマは「平和」(戦争のない状態)ですが、このアルバムではそれだけでなく、たとえば「心の平和」「自然との調和」「安らかな眠り」など、平和のさまざまな意味を表現したいと考えました。 僕は、これまでの10年間と同じように、今後もさまざまなジャンルの音楽アレンジを続けていくつもりですが、このプロジェクトにおいては、自ら楽曲を作り上げることで、このテーマに込めた願いや感謝、そして未来への希望を最も誠実に伝えられると感じています。 この1年間、曲作りに専念し、2024年9月に矢川さんのピアノ工房でこのアルバムのレコーディングを行いました。 心を込めて作り上げたこのアルバムが、皆さんにとって特別なひとときとなりますように。そして、音楽を通じて平和への想いが少しでも届くことを願っています。 ――ジェイコブ・コーラー 被爆ピアノを四トントラックに積んで海外をはじめ日本全国約3500カ所へ平和の種蒔きをしてきましたが、私も今年で73歳となりトラックの長距離運転も数年後は限界が近づいてきました。 私の最後の願いはこれまで被爆ピアノを弾いてくれたハービー・ハンコック ジョージウィンストンに続くアメリカ人ピアニストとしてジェイコブコーラーと被爆ピアノコンサートで日本中を廻ることでした。 国境を越えたタッグ これこそが世界平和の象徴だと思うからです!ジェイコブとの被爆ピアノを運んで全国ツアーが2026年まで決定しました。ジェイコブと平和の音色を届けるため日本全国を走り抜きたいと思います! 今回被爆ピアノによるレコーディングに立ち会いました。広島原爆の痕跡が残っているこのグランドピアノは昭和初期に製造され爆心地から約2キロのところで焼失を逃れ当時のまま黒い雨と言われる跡が染みとなって今も響板に残っています! ジェイコブは被爆ピアノの音を耳でよく聴いて会話をしながら弾いています!だから音が違い被爆ピアノも一緒に喜んでいます。 ――被爆ピアノ調律師矢川光則