実行犯が手口を暴露...東南アジアが拠点、アメリカで4万人が騙された「豚の屠殺」詐欺とは?
SNS運営会社も「共犯」
ブガンという60歳の女性は、1年以上かけて綿密に仕組まれたロマンス詐欺の餌食となった。フェイスブック上で詐欺師と出会ったのは2018年のこと。気が付けばマレーシアの石油パイプライン・プロジェクトという架空の儲け話に引きずり込まれていた。 そして550万バーツ(16万5000ドル)の越境譲渡税を出してくれれば100万ドルが手に入ると言われ、19年12月に送金したという。その1カ月後、詐欺師は音信不通になった。それでブガンは真実に気付き、慌てて警察に通報した。 タイ警察サイバー犯罪捜査局の統計によると、過去2年半の詐欺やサイバー犯罪による損失は総額20億ドルに上り、さらに増え続けている。 こうした事態を受け、タイとカンボジアの捜査当局はサイバー詐欺の取り締まりで連携を強化している。3年前からサイバー犯罪と戦っているピタニラブートも最近、カンボジア当局との共同捜査に参加した。 「サイバー犯罪の数が増えているのは、街頭で人から金を強奪するよりも簡単で安全だからだ」と彼は本誌に語った。「SNSの普及も、こうした犯罪を容易にしている」 タイでの捜査状況からは、こうしたサイバー詐欺の背後に中国系の国際的な犯罪グループが潜んでいることが分かる。彼らはタイ人の共犯者を使い、タイ警察の手を逃れるためにカンボジアなどの近隣諸国に拠点を構えることが多い。 「連中が国境を越え、別の国に滞在している限り、こちらの警察は手を出しにくい。タイに連れ戻すのは容易じゃない」。ピタニラブートはそう言った。 タイの捜査当局は詐欺グループが使う携帯電話の信号に狙いを定め、通信事業者やインターネットのサービスプロバイダーなどの協力を得て、彼らがどこからタイの被害者に連絡しているかを探っている。 SNSの運営会社が、犯罪組織の使う出会い系サイトから広告収入を得ている可能性もある。ピタニラブートは本誌に、そうした運営会社や送金に関与した銀行も「捜査の対象になり得る」と述べた。 またタイ当局はカンボジアにいる犯罪組織のメンバーに対して165通の逮捕状を出しており、現地の警察および裁判所に捜査協力を要請している。 冒頭で証言したナリンは、タイに戻ってから人身売買の「被害者」としての認定を受けようと試みたが、うまくいかなかった。「詐欺師たちは法律の抜け穴に精通しており、人身売買被害者救済法を利用して罪を逃れようとすることがある」と、タイ移民局の担当者は本誌に語った。 「真の被害者を保護し、法律の悪用を狙う者をふるいにかけるためにも、被害者認定は慎重に行っている」 各種のSNSに偽のプロフィールを書き込んで被害者をだますのは詐欺師の常套手段だ。しかしピタニラブートに言わせると、いくら警告してもSNS運営会社はまともに対応していない。 この点について問い合わせたところ、フェイスブックの親会社メタは本誌に、詐欺行為の摘発についてはタイ警察と緊密に協力していると回答してきた。 今年4月から7月までに偽のアカウント12億件とスパムメッセージ3億2200万件を削除しているし、タイ国内のデジタル・リテラシー推進団体とも協力してサイバー詐欺被害を回避するための支援を提供しているという。なおグーグルからの回答は得られなかった。 いずれにせよ、こうした犯罪グループが「世界中で増殖するのは必至」だとピタニラブートは言う。なにしろ「すごい金額を稼げる」からだ。「実際、既にサイバー詐欺の稼ぎは麻薬の密売で得られる利益を上回っているかもしれない」 タイ警察の当局者によれば、この5年間でサイバー詐欺に関するアメリカの司法当局からの捜査協力要請は飛躍的に増えた。 アメリカ人被害者の預金が国内外の銀行口座からタイに送金されたロマンス詐欺の事例や、ランサムウエアにやられたアメリカ人の払った身代金がタイの仮想通貨取引所を経由して処理された事例も確認されている。