『ブギウギ』笠置シヅ子もそうだった? スズ子がひたすら“純粋”な人物として描かれる意義
「歌と仕事、どちらをとる?」究極の2択の葛藤が薄いスズ子(趣里)
さて。『ブギウギ』の母たちは皆、問答無用に子供を愛している。代表格がツヤ(水川あさみ)で、彼女は他人の子供を自分の子として育て、絶対に秘密を明かしたくなかった。トミの場合は、息子をそばに置いておかないにもかかわらず、息子と親密になった人物は切っていこうとする。ふたりとも子供の前では、“猛母”という感じである。スズ子は子が産まれた後はどうなるだろうか、気になる。 ただ、トミは、歌手を辞めるのなら、結婚を許可するという条件を出している。スズ子が山口百恵のようにきっぱり芸能界を引退したようなことをトミは期待しているのだ。が、 スズ子は決めかねる。とくに、これから羽鳥善一(草彅剛)が力を入れている新作「ジャズ・カルメン」をスズ子にやってほしがっている。 スズ子が、歌に命を懸けている様子にスポ根的な描写がなされないため、「歌と仕事、どちらをとる?」という究極の2択の葛藤が薄く、スズ子は「ジャズ・カルメン」をやりきったら引退して専業主婦になっても全然いいと思っているように見える。多分、モデルの笠置シヅ子さんもそうだったのかなという気がする。 うがった見方をすると、周囲は、スズ子が歌を辞めることなんてできないと思っていて、別れてもらうためにこの条件を提示したものの、スズ子が案外、辞めることもやぶさかではないという態度なものだから、これは困ったことになった……と焦っていたのではないだろうか。 でも『ブギウギ』の世界では、そういう人間の綾の描写は描かれていない。スズ子と愛助はひたすら純粋な人物として描かれている。だからこそ、湖のシーンが活きるのだ。 台所に立ち、「ラッパと娘」を歌い踊るスズ子は、歌も料理もどっちつかずの印象で、両立は難しそうに見えた。ほんとうは料理より歌のほうが得意だけれど、それでも歌を捨てて、主婦として生きてもいい、そんなふうに思う愛情深い人なのだろう。いじらしい。
木俣冬