柴咲コウ、抑えられない好奇心が幅広い活躍の原動力に 「20歳くらいまでは“暗黒期”だった」
ーー先ほども話に上がりましたが、柴咲さんは俳優業にとどまらず、歌手や実業家としても精力的に活躍されています。その原動力はどこにあるのでしょうか? 柴咲:私自身が“好奇心の塊”なので、やってみたいと思ったことを抑えられないんですよね。抑えるよりも、一旦動いてみることを大切にしていて、それを深掘りしていくというか。“とにかくやってみる”というのが、私にとっては心地いい生き方なんです。ただ、それと継続することはまた別の話で……。 ーー継続していくことこそ大変ですよね。 柴咲:なので、今回の『蛇の道』のような映画撮影だったり、自分自身で振り返るようなこういう取材があると、すごく新鮮な気持ちになれるんです。ずっとひとつのことをやっているよりかは、いろいろなところでいろいろな経験をするほうが、自分にとっては向いているのかなと。 ーーデビューしてから約25年になりますが、もともとそういうタイプだったんですか? 柴咲:デビューしたての頃はまだ自分のことが何もわからなくて。自分で勝手に環境的な要因だと思い込んでいた課題のようなものが、一つひとつ解決されていくことによって、「自分って本当はこういう人間なのかもしれない」と徐々にめくれていった感じがありました。それによって自分自身が身軽になって、やってみたいこともフットワーク軽くできるようになっていったんですよね。自分自身、20歳くらいまでは“暗黒期”だと思っているので。 ーーちょうど『バトル・ロワイアル』くらいの時期ですね。 柴咲:自分の人生が2つあるような感覚でした。あのときの自分があっていまの自分があるのは間違いないのですが、そこだけ切り取って人生が終わっていたら、まあ“暗黒期”だなと(笑)。昔の自分はすごく暗かったんですよね。 ーー何か変わるきっかけがあったんですか? 柴咲:うーん……よく「転機になった作品は?」と聞かれることがあるんですけど、どの作品も自分にとっては刺激的でしたし、特に若いときほどそう感じるというか。例えば、深作欣二監督と出会って演出していただいたときは、自分にとっては必死についていくだけでいっぱいいっぱいだったんです。でも、映画が公開されて世の中の反響を目の当たりにすると、そのあまりの大きさに驚くというか、すごい人とご一緒させていただいていたんだと後になってようやく実感するんです。そういうことの積み重ねで、結果的に変わっていったんだと思います。 ーー柴咲さんは俳優の中でも独自のポジションを築かれている印象があるのですが、下の世代の方からアドバイスを求められたりしませんか? 柴咲:興味を持ってくださる方はたしかにいますね。でも、私はアドバイスをしたりするのが苦手なんですよね。だって別の人間なんだから無理じゃんって(笑)。 ーー(笑)。 柴咲:私の経験が何かに役立つのであれば全然話すことはできるんですけど、実際には言葉だけでは伝えられない、いろんな要素が関わってくるものなので、そう考えるとなかなか難しいですよね。自分自身も人に何かを聞いたりするのが苦手なタイプだったので、社会だったり自分の生き方も含めて、何かもやもやした部分があると改善したいという気持ちが原動力になって、自分で想像力を膨らませながら一つひとつに向き合い、少しずついろんなものを拾ってきた感覚があるので。それが形になってきたのが30代で、いまに至るという感じなんです。もしかしたらそれが自分らしさに繋がっているのかもしれないですね。 ーー最後に、今後のキャリアについて何か考えていることがあれば教えてください。 柴咲:今回、せっかくフランス語を覚えたのですが、1年経ってすっかり忘れてしまったんです。それがちょっともったいないなと思っていて。セリフ以外はすぐ思い出せると思うので、フランスだったりヨーロッパに関わるお仕事に携われたらいいなと考えています。何か不思議な縁を感じているので。
宮川翔