中村鶴松『野崎村』お光 たった半刻で大人になるしかなかった少女【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
勘三郎さんも愛したお役。「誰よりもよかったね」と言われるように
── 「うれしかったは、たった半刻」というお光の台詞に「ほんとにそうだったなあ」と可愛そうでなりません。 鶴松 舞台の盆が回って障子から顔を出すところも聖母の肖像画のようですよね。上半身しか見えないので白い衣裳の部分しか見えない。よけいにありがたい感じがするのではと思います。そしてここからは「久松っつあん」ではなく「兄(あに)さん」と呼ぶんです。 ── 盆が回って、堤の上から久作と共に、舟で帰っていくお染と、籠で帰っていく久松を見送ります。別れの時、久松から、「(自分とのことは)前世のことと諦めて年老いた親父殿と母上の介抱を頼む」と言われてしまいます。 鶴松 久松の好感度、落ちそうですよね(笑)。お光は、お染に対しては、短気をおこさず、自害しようなんて思わず、元気に生きて子供を産んで無事に育ててくださいと思っているんです。でも久松に対してはまだ苦しさがあるかも。 ── 籠を見送るまでの時間が結構長いですよね。 鶴松 「浮世離れた尼じゃもの」という最後の台詞のやりとりが終わって、久松が籠に乗る、その間30秒くらい、久松は一度もこちらを向かないんですよ。その間は逆に尼からお光に戻ってしまう。強がってはいるけれど、「ほんとにありがとう、大好きでした」と後ろ姿に心の中で語り掛けています。そして泣きそうになりますが久松がこちらを振り向くので、「いやいや私はもう大丈夫」とぐっとこらえて笑顔で送るんです。 ── ふたりを見送った後、無音になり、鶯の鳴き声だけが響きます。 鶴松 久松の乗った籠の様子がしばらくは見えていると思うので、田んぼ道を通って山を上って峠を越えて、山の裏側に行ってしまって見えなくなったなあ、そんなふうに眺めています。 ── そして数珠を落とす。 鶴松 ここも本当にぼうぜんとしてなのか、無意識なのか、感情をなくしているのか、淋しいと感じているのか。もう少し自分でも作りこみたいところですね。 ── 「ととさん!」と久作にすがりつくところで、毎回涙腺崩壊してしまいます。 鶴松 この「ととさん」が難しいなと思っています。七之助さんはどこか甘えるように言うのですが、(久作役の坂東)彌十郎さんは全感情を溢れさせて大きく派手にと。どちらにするかで印象が変わりそうですね。ぽろっと本心をこぼすのか、全部こぼれちゃうのか。 ── 改めて、今月は勘三郎さんの追善興行です。勘三郎さんも何度も勤められたお光を初役で勤められてみて、どんなことを感じますか。 鶴松 勘三郎さんはお光という役を好きだったし、その難しさをよくわかっていたと思うんです。立役を主に勤められた人ですが、若いころはお染もお光もやっていました。相当稽古されたと思うし、がむしゃらにやってこられた。勘三郎さんもきっと役者人生、そうやって歩んできたと思うので、僕も慣れてしまわないよう、最後まで新鮮な気持ちで勤めたいです。 一部屋子である僕が、歌舞伎座の序幕で出し物をさせていただけて、大先輩の皆さんが出てくださる。そのありがたさに報いるためにも、「今までのお光の中で誰よりもよかったね」と言っていただけるような、それくらいの結果を出したいです。せっかくやらせてもらえるのだから、勘三郎さんにも良かったと褒められるようなお光を目指したいですね。 取材・文:五十川晶子 <プロフィール> 中村鶴松(なかむら・つるまつ) 1995年3月15日生まれ。2000年5月歌舞伎座『源氏物語』の茜の上弟竹麿で清水大希の名で初舞台。2005年、十八世中村勘三郎の部屋子となり、同年5月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』車引の杉王丸で二代目中村鶴松を名のる。2021年8月、歌舞伎座『真景累ヶ淵 豊志賀の死』で初の主役・弟子新吉を勤める。2023年はKAAT神奈川芸術劇場主催の『くるみ割り人形外伝』に出演するなど、活動の場を広げている。 <公演情報> 歌舞伎座 十八世中村勘三郎十三回忌追善「猿若祭二月大歌舞伎」 【昼の部】11:00~ 一、『新版歌祭文 野崎村』 二、 『釣女』 三、 『籠釣瓶花街酔醒』 【夜の部】16:30~ 一、『猿若江戸の初櫓』 二、『義経千本桜 すし屋』 三、『連獅子』 2024年2月2日(金)~26日(月) ※20日(火)休演 会場:東京・歌舞伎座