中村鶴松『野崎村』お光 たった半刻で大人になるしかなかった少女【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
俗世を忘れきれないから半身だけ萌黄の衣裳で
── 次は毬唄になり詞章も「廓尽くし」になって雰囲気が賑やかになりますね。客席もまた一段とテンションが上がります。 ── そして花道から下女およしに連れられてお染がやってきます。 鶴松 過去にお光を演じられた方も「ひやめしを何気なく履くだけでも難しい」と。「ひやめし」というのは草履の種類なのですが、田舎の人が履く作りのものです。これが鼻緒がぺチャッとなりやすくて履くのが難しいんです。 ── お染の口から「久松」という名を聞いてからが大変です。 鶴松 このあたりでは見たことのない綺麗な人が来た、すっごくゆっくりであんなお辞儀したことない……と、屋台まで下がって、襷と前掛けを取って戦闘モードに入ります。勘三郎さんはここのしぐさが絶品でした。バーンと派手に枝折戸を閉めて、縁側に手をついてクルリッと回るんです。それがとても可愛くて……。襷と前掛けをノールックで外して、高速でぐるぐる巻きにするんですが、もう完全に戦闘モード。とにかく魅せる! いつか僕もそんなふうにやりたいと思ってます。 ── お染が香箱をお光にあげて、ますます火に油を注ぐことになります。 鶴松 「在所のおなごと侮ってか」となんだこんなもの、バカにしてという感じで投げつけるのですが、ここをもっと可愛く投げたいなと勉強中です。その後でお光は、お染に対して、「むかつくし見たことないタイプの女だし悔しいけど、やりすぎちゃったかな」と思うんですよね。芯はやさしいお光なんです。 ── そして久作と久松が出てきます。 鶴松 義太夫の「門の戸ぴしゃり」で戸を閉めた後、急いで上がって仏壇にいってお線香に火を点けるのですが、火種が小さくてなかなか点かなくて、義太夫に間に合わない! と焦るときもあります。もぐさも本物のもぐさを使っています。前の方の客席なら燃えている匂いもすると思いますよ。お線香を入れる線香箱は先人たちが使ったものをそのまま使っているので、火の点いた線香を入れたときの焦げが残っています。久松とは捨て台詞でケンカしつつ、もぐさに火を点けつつと、いろいろやることが多くて大変です。 ── お光と久松、久松と久作、お光と久作のやりとりがそれぞれあって、でもお光はお染のことで気もそぞろ、枝折戸の外ではお染がやきもきしている。この3人+1人の構図に何が起こっているか、お客さんだけがリアルタイムで知っているという面白い場面ですよね。 鶴松 そうなんです。久松とも言い争いのようになり「今のような愛想尽かしもあのやまい面が」で、本当は泣きたいところですが、後のお光との対比を見せたいので、ここでは涙より怒りや悔しさを出したいと思っています。 ── そして久作にひっぱられるようにお光は引っ込み、お染と久松のクドキになります。この間にお光は梅の花柄の萌黄色の着付けに替えます。頭も切髪に。 鶴松 下半分だけ萌黄色なんですよね。襟が桃色から白になり、襦袢も白。でも全身まっ白では味気ないし、まだ気持ちの半分は俗世を忘れきれなくて久松への想いも抱いている。パッと見ただけでそんなふうに感じていただける衣裳だと思います。前半は帯も鹿子と紫の派手なものでしたが後半は桃色だけ。前半はお端折りでしたが、後は裾を引きずります。裾を引くと物理的にゆっくりにしか動けないので、大人になった雰囲気が出せる感じがしますね。衣裳に助けられています。 ── お光はこの短い時間で大人にならざるをえなかったのですね。 鶴松 それがこのこしらえの変化に現れているかもしれません。それと今回は出てきませんが、病に伏している母親の存在はお光にとって大きいのだと思います。目が見えず、もうかなり悪い状態なので、いますぐ祝言したい。久作もお光も常にどこかでお光の母親の存在というのは意識していると思います。 ── お光は前半では少女らしくお染に嫉妬もするし、久松ともケンカするのに、後半ではなぜこんな神々しいまでに達観できるのでしょう。 鶴松 お光って、そのあたりに咲いている名もない花を見つけて「きれいだな」と思うような、小さな幸せを感じて生きてきた少女なんです。お光なりに苦労もしてきているけれど、それを辛いと思わずこれまで生きてきた。そんなお光が生まれて初めてこれだけ大好きな人に出会った。でも恋敵のお染は既に身ごもっているし、久松とふたりで死ぬ覚悟もしている。だったら自分は身を引こう、自分のせいで人に辛い思いをさせたくない、そう考える子なんだなと思っています。 どうしても演じていて泣きそうになってしまうんですよ。でもあえて笑って台詞を言っている方が客席からは悲しく見えると教わり、腑に落ちないまま稽古をしていたら、「悲しいことを言いながら顔はすごく笑っていて、なんかサイコパスみたい、笑い過ぎだよ。そして人の言うこと聞こうとし過ぎだよ、お前は」って冗談半分で勘九郎さんに言われました(笑)。