がんが光る蛍光造影画像技術 見つけづらい腫瘍の位置情報を明確化、“切りすぎ”も防ぐ
がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で勤務する腫瘍外科医、生駒成彦医師のリポート第6回は「がんを光らせる研究」です。 【完全な切除・根治に向けて】 今日は、ロボット手術に関連した次世代の手術補助技術の一つである、蛍光造影画像(蛍光ガイド下手術)についてお話しします。 がんの手術の基本は、体の中に残存しているがん細胞を一つ残らず取り除くこと。少しでもがん細胞を残してしまうと、それらはいずれまた増殖し、がんの再発に至ります。一方で、周囲の健康な臓器を傷つけてしまったり、取りすぎてしまったりすると、合併症や機能不全の原因となります。外科医はさまざまな技術と治療を駆使し、臓器の機能を最大限保ちながら、がんの安全で完全な切除・根治に向けて最善を尽くします。 まずは前にもお話しさせていただいた「集学的治療」です。がんの診断の後、すぐに手術をするのではなく、抗がん剤や放射線治療を先行させ、がん腫瘍を小さくすることで、手術を安全かつ、腫瘍を完全に取り切る“断端陰性切除”の可能性が上がることが、膵(すい)がんや胃がんの研究で発表されています。 次に術前の画像診断(CT、MRI、PET検査など)をしっかりと検討し、最適な手術の作戦を練って準備します。それでも時に膵臓や肝臓など解剖の複雑な臓器や、胃や大腸などのがんが表面に露出していないような場合に、がん腫瘍の場所を正確に把握するのが困難な場合があります。特に腹腔(ふくくう)鏡やロボットの手術では、外科医の経験に基づく“触ったら分かる”といった大切な情報が失われてしまうので、手術中に内視鏡や超音波検査などを駆使して腫瘍の位置情報を補い、“断端陰性”の腫瘍切除を目指します。そのような腫瘍の位置情報を、手術中にさらに明確にしてくれる技術の一つとして注目されているのが、蛍光造影画像技術です。 【一般的使用はICG造影剤】 最先端ロボット手術機器「ダビンチ」には蛍光造影画像システム「Firefly(ホタル)」が搭載されていて、術者の手元のワンクリックでon/offの切り替えが可能となっており、蛍光造影画像の有用性に拍車をかけています。一般的に使われているのはインドシアニングリーン(ICG)という蛍光剤で、こちらを血管内に注入すれば、血行動態に従って血流のある腸管が、時間がたてば肝臓から胆汁中へ排出され、胆管や胆のうが蛍光画像下で“光り”ます。胃カメラを使って胃がんの周囲にICGを注入すれば、腫瘍の位置が光りますし、そちらからリンパ流に乗ってがんの転移の可能性の高いリンパ節を光らせることもできます。 我々が開発しているのは、特定の分子をターゲットにする分子標的蛍光造影剤です。膵臓がんの一種に、神経内分泌腫瘍というものがあります。通常の膵臓がんである膵管腺がんよりも進行の速度はゆっくりであることが一般的ですが、発見が遅れれば肝臓やリンパ節への転移を起こします。Apple社の創業者、スティーブ・ジョブズさんが命を落としてしまった病気です。神経内分泌腫瘍はそのほとんどが、SSTR2というホルモン受容体の一種が多く存在しているという特徴に着目し、SSTR2をターゲットとした蛍光造影剤をテキサス大学の研究室と共同で開発しました。ネズミでの実験ではこのように腫瘍を光らせることに成功し、現在はFDA(米食品医薬品局)の認証が下り次第、実際の患者さんでの臨床試験が始まる予定です。 【ロボット手術画期的変容】 膵臓には内分泌と外分泌の機能があり、膵切除後には糖尿病や消化吸収不全による下痢・栄養失調のリスクが増加します。腫瘍の位置を正確に見極め、正常な膵臓を取りすぎることなく腫瘍の完全切除をすることが、長期的な患者さんの健康のために大切です。SSTR2蛍光造影剤が臨床で使えるようになれば、膵神経内分泌腫瘍におけるロボット手術のアプローチが画期的に変わり、腫瘍が光る技術のおかげでより正確な手術が可能になるかもしれません。がんの患者さんの治療効果をより良くするために、抗がん剤などの新薬開発だけでなく、ロボット手術にまつわる技術も進化を続けています。 ◇生駒 成彦(いこま・なるひこ)2007年、慶大医学部卒。11年に渡米し、米国ヒューストンのテキサス大医学部で外科研修。15年からMDアンダーソンがんセンターで腫瘍外科研修を履修。18年から同センターで膵・胃がんの手術を専門に、ロボット腫瘍外科プログラムディレクターとして勤務。世界的第一人者として、手術だけでなく革新的な臨床研究でも名高い。