宇垣美里が語る 手を差し伸べることの大切さを感じる松村北斗&上白石萌音共演の「夜明けのすべて」<宇垣美里のときめくシネマ>
アナウンサー・俳優として活躍中の宇垣美里さん。映画・マンガなどさまざまなサブカルチャーをこよなく愛する彼女が、映画について語るこの連載。今回は、その優しさが、温かさが、ちょっとだけ前に進む元気を与えてくれる三宅唱監督の「夜明けのすべて」(11月17日(日)21:00~WOWOWシネマ)と「ケイコ 目を澄ませて」(11月20日(水)22:50~WOWOWシネマ)の2本の見どころを解説。 【写真を見る】 ⒞瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会 ■主人公二人の距離感、そして二人を囲む人たちの温かさが心に沁みる「夜明けのすべて」 生きていくって大変だ。人生ってものはあまりに容赦がなくて、時にこころが折れてしまいそうになる。大人になればそれも平気になるのかと思っていたのに、増えていくのは傷ばかり。どれが致命傷たる最後の一手になるのかも分からないからずっと怯えて、ちょっと疲れた。それでも、生きていかなくちゃいけない。だから、その途方もなさに泣き出しそうになった時は、三宅唱監督の作品を観よう。たとえば、「夜明けのすべて」とか。 月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラする感情が抑えられなくなってしまう藤沢さん(上白石萌音)。職場で騒ぎを起こしてしまい、逃げるように教育教材を扱う栗田科学に転職してきたものの、そこで同僚の山添くん(松村北斗)の些細な行動がどうしても我慢ができず、怒りを爆発させてしまう。どことなく周囲と距離を置いているようだった山添くんだったが、実は彼もまたパニック障害によって元居た会社を退社し、栗田科学にやってきたのだった。山添くんが自らも服用したことのある薬を飲んでいることに藤沢さんが気づいたことで、2人は少しずつ距離を縮めていく。 なんと優しい作品だろう。藤沢さんと山添くんはそれぞれに抱える困難から共鳴しあうものの、決して親友になるわけでも、ましてや恋愛関係になるわけでもない。ただ共に働く同僚という立場でちょっとだけ心を通わせ合い、できる範囲で手を差し伸べ、少しだけ助け合う。 2人を見守る栗田科学の同僚たちや、ずっと気遣い続ける山添くんの元上司、藤沢さんの転職をサポートする友人など皆の眼差しが温かく、しみじみと心に染みる。特に栗田科学の穏やかで尊重し合うような雰囲気には、こんな素敵な会社この世に存在するのだろうか?と夢のように感じてしまうほど。けれど社長の栗田が抱える悲しい記憶の描写から、ああ、傷ついたことのある人だからこそ、同じように傷ついた人に寄り添うことができるのかもしれないなあ、とすとんと胸に落ちた。 北極星すらやがて交代してしまうようなこの世界で、変わらぬものなどありはしないし、自分すらも変わっていく。他人の痛みを本当の意味で理解することができる日など、永遠にこないだろう。それでも、人生のなかでふと出会ってしまったその人の痛みを想像し、些細でもいい、一時的なものでもいい、思いやり手を差し伸べることはできるはずだ。できることは、それだけ。それだけで十分なんだと気づかされた。 ■ケイコのひたむきな瞳が言葉にならない心の揺らぎを雄弁に語る「ケイコ 目を澄ませて」 「ケイコ 目を澄ませて」もまた、心の動きひとつひとつを丁寧に追った、静かで温かな作品だ。 生まれつきの聴覚障害で両耳とも聞こえないケイコ(岸井ゆきの)は、日々下町の小さなボクシングジムで練習を重ね、ホテルで働きながらプロボクサーとしてリングに立つ生活を送っている。母は心配し続けており、やがて一度ボクシングを休みたい、と「一度お休みしたいです」と手紙を書くまでになるが、時を同じくしてジム会長(三浦友和)が癌を患い、ジムの閉鎖が決まったことを知る。 ノートを滑るペンの音や外を走るパトカーのサイレン、床の軋みやミットのしなる音など日常の些細な音が丁寧に拾い上げられた冒頭から、この世界はなんて音に溢れているのだろうかと改めて思い知る。 セリフで説明しなくとも、頑ななケイコの表情や彼女を見守るジム会長の眼差しから彼女の人生やここまでの道のりが浮かび上がってくるよう。淡々とした日常の描写がリアルで、言葉にならない心の揺らぎがケイコのひたむきな瞳から雄弁に語られていた。 両作品に共通するのが16ミリフィルムで撮られた光の美しさ。温度が伝わってくるかのような柔らかで温かな映像は、まるでそこに舞う埃のきらめきまでをもとらえているかのよう。ざらつきの残る映像の中に私たちと地続きの世界があるようで、たとえば駅のホームで、街角で、藤沢さんや山添くん、ケイコとすれ違ったことだってあるんじゃないかな、と思えた。 再開発の中、ジムが閉じられていくように、街は静かにその形を変えていく。同じ景色はもう二度とみられないかもしれない。思いもよらぬ瞬間に傷つき、前とは同じ自分に戻れなくなることもあるだろう。それでも、とそんな自分や世界を肯定し、一歩一歩進んでいこうと思える作品たちだ。少なくとも、弱った私にはこの映画たちがある、そう思うとちょっと元気が湧いてくる。季節の変わり目、近づく年末の慌ただしさに心を削られてしまったあなたにこそ、ぜひ。 文=宇垣美里 宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサー・俳優として、ドラマ、ラジオ、雑誌、CMのほか、執筆活動も行うなど幅広く活躍中。
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