林士平の考える就活のポイントは「落ちても俺は悪くない」。数々のヒット作を作家と作り上げた編集者が語る、出版社就活の現在【「私の愛読書」特別編】
仕事も就活も、楽しんだほうがハッピー
――実際会社としては、「偉くなりに来る就活生」よりも「情熱がある就活生」に来てほしいんでしょうか? 林:難しいところだとは思いますけど、情熱があるからいいのかと言われたら、それも悩ましくて。その情熱というのは、仕事の詳細を知らない情熱じゃないですか。外側から見た情熱。たとえば、自分が芸能事務所を経営していたとします。その事務所所属のタレントを好きだから受けに来る、というのが正しいのかどうか。いらないなと思いません? ――確かに、それは思います。 林:仕事なので、「『タレントのファン』じゃなくて『タレントを分析する』ならいいけどね」と、情熱を持って分析していらっしゃるんだったらいいと思います。なので、分析という面では「漫画オタク」というのはある種の必要なスキルかもしれません。でもどっちがいいとも言い難いので、難しいところですよね。 結局は自分をどう見せるか、かもしれませんけど、愛情で測られていないと思ったほうがいいのかな。僕だったらファンは取らないですけどね。自分の会社で「自分の作品のファンです」と言われたら「ありがとう、このまま読者でいてね」と伝えてお祈りして終わります。 ――あくまで情熱より、能力や適性のほうが大事? 林:そうですね。能力と適性と広がりと、成長するかどうかの雰囲気。 ――編集者は世間から見たらだいぶしんどい仕事ですが、林さんはどのインタビューでもお仕事を楽しんでいる回答をされていました。編集者の適性があるように私は感じます。 林:確かに楽しんでやっています。でもこれは仕事においての適性じゃないですかね。編集の仕事がそんなに特殊かな?と思ったりもするので。作家さんとの打ち合わせが2~3割で、それ以外は本当に会議とか調整とか雑務の仕事。それらを楽しんでやれるかどうかだと思います。 NHKのドキュメンタリーでスタジオジブリの話を観ていると、宮崎駿さんとか「めんどくせえ、めんどくせえ」って言いながら描いているわけじゃないですか(笑)。まあ同じだなという気持ちはあります。「この会議めんどくさいな」のようなことは山ほどあるんですよ。でもそれらの仕事をしないと、仕事全体としてはまとまらなくて、前に進められないことはたくさんにある。一つひとつを見たら「めんどくさい」と思う瞬間はいっぱいありますけど、トータルで見たら楽しいという感覚ですかね。 ――先ほど伺った「就活は印象操作のゲームだと思っていた」という話にも繋がってくるんでしょうか? 林:就活も楽しんでいました。どんなに大変な状況でも、メンタルコントロール的にはそういう風に楽しんだほうが楽ですよ。「つらいな」と思ったらどんどん落ちていくけど、忙しいときは「楽しいな」と思ったほうが楽じゃないですか。そう思おうとしているのかもしれないし、そういう風に思える人間なのかもしれないし、そこはわからないですけど。 ――ちなみに林さん流の就活をゲームとして楽しむポイントは? 林:落ちたら、「俺は悪くない」と思うことじゃないですか? 自分は悪くなくて、相手が悪い。僕はよく思っていましたよ。自分を落とした会社は「自分という満ち溢れた可能性」ある未来を見据える力がないから、きっといつか潰れるだろうと思いながら受けていました。若さ故の強気メンタルです。結局はマッチングですからね。ご自身がちゃんと丁寧に自分のことを演出して、それでダメなら相性が悪かっただけだと思います。 たまに自分の素のままを見せて、受け止めてもらおうと思う方がいらっしゃるじゃないですか。自己分析をして、自分はこういう人間だ、と晒して受かろうとする方。それはあんまりおすすめできない方法ですよね。落ちたときに傷つくだろうし、自分の素を晒したところでそれが魅力的かどうかなんてわからない。「己の素が魅力的だと思ってるってことだね?」と、ナルシストだなと感じちゃう。だまし合いなので、何かしら演出したほうがいいと僕は思います。 ――ではご自身を演出して楽しんでいた? 林:だと思います。僕、会社によって話す内容をかなり変えていましたからね。噓は言わないけど、魅せ方は変えたほうがいいんじゃないかなという気がします。事実をベースに、言い方を変えたり、態度を変えたり。 僕は銀行をあまり受けなかったんですけど、そういうお堅いところとそうじゃないところでは求める人間が全然違う。国内のドメスティックな仕事をしている会社と海外の会社なら見せる面も変えないといけない。でもそれって結局、将来的な仕事も一緒じゃないですか。その会議で達成しなきゃいけないミッションは何で、そのためにどういう振る舞いが正しいのか、というのをできる人間かどうか考えますよね。だから、仕事も同じだと思います。 ――集英社や銀行以外にも色々な業界を受けていたという林さんですが、就活自体を楽しんでいらっしゃいました。ただ、就活をされている人の中には「とにかく集英社に入りたい」と、命を懸けているような人もいます。 林:いらっしゃいますよね。 大学の入試だったら絶対に入れるという保証があるじゃないですか。点数制で、決められた範囲でしか問題が出ないから、ベストを尽くせば入れる。でも就活のような印象試験は、ダメなら永遠にダメ。だからあまり「自分の人生、絶対ここじゃなきゃ不幸だ!」と思い込みすぎないほうがハッピーな気がします。 ――確かに私も出版社の就活にはかなり苦戦した思い出があります。 林:僕、「どうしても編集者になりたい」と言う就活生には逆説的には聞くようにしています。「給料が安くとも、少し違う会社経由でも同じ仕事を目指します?」って。でもみんなそれを聞くと「うっ」となるじゃないですか。ということは本質的にはお金も欲しいし、楽しい仕事したいってことでしょ? という話なんです。 それは本音として正しいんじゃない?と思うんですけど、自分の気持ちに噓をついている瞬間もありますよね。「私はどんな状態でも編集者をやりたいです!」という姿勢は本当かな?と思って聞いちゃいます。いい会社はいっぱいあるので、そこで仕事をしたらいくらだって中途で入れる気がします。でも、残念ながらそのルートを辿る人はほとんどいない。そうなると、その人の「どうしても編集者になりたい」という気持ちは少し違うんでしょうね。 ――最後に、これから就活する人に「出版」は業界としておすすめですか? 林:今の出版社は領域が増えているから、デジタル系の人が来ても面白いと思うし、コンテンツに興味がなくても宣伝・営業・広告の部署もあるし、やめておいたほうがいい人もいないと思います。未来が暗いかと言われたら全然暗くないですし。文化がマッチするなら、おすすめできると思います。 取材・文=篠田莉瑚、撮影=金澤正平