“絵になる”かわら版 農民出身、北辰一刀流女剣士の敵討に江戸っ子大興奮
敵討(かたきうち)をテーマにしたかわら版は、江戸の庶民に大人気で、もっともよく売れたカテゴリーと言われています。なかでも女性による敵討ネタは、絵になるうえに、それが農民出身の女性とくれば、物語としても面白い展開が望めそうで、かわら版屋が見逃すはずはありません。また、仇敵が権力者とつながっているような成就の難しいスリリングな敵討も同様に注目を集めたかわら版でした。 今回は鉄板中の鉄板ネタを扱ったかわら版、選りすぐりの2枚を、大阪学院大学の准教授、森田健司さんが時代背景とともに解説します。
鉄板中の鉄板「女性による敵討」
江戸時代のかわら版にとって、敵討は「鉄板ネタ」だった。敵討が成就したことを知ると、かわら版屋は即座に刷り物として発行し、庶民は庶民で、競って買い求めたのである。結果、人気のある敵討には、異なる多種のかわら版が作られた。 そんな売れ線の敵討の中でも、「女性による敵討」は「鉄板中の鉄板」だった。 初めに掲載したのは、1853(嘉永6)年に起きた江戸浅草御蔵前(現在の東京都台東区蔵前)での敵討を報じたかわら版(1枚目)である。イラストを見てみると、若い女性が中年男性に馬乗りになり、首に刃を突き立てている。その左には、手拭いを頬かむりした男性が、険しい顔で、先の二人の様子を睨んでいるようだ。 これを目にすれば、女性による敵討が、かわら版のネタとして極めて優秀だった理由が、すぐに判明する。それは、派手な着物を纏った若い女性が、いかにも悪そうな男性を斬っている様子というのは、間違いなく「絵になる」からである。 なお、このかわら版で報じられた事件は、26歳の女性「たか」が、自身の兄の仇敵である、名主の与右衛門を討ったものだ。左の男性は、たかの助っ人だった叔父である。このように書くと、討ち手が女性であるという以外、それほど変わった敵討ではないように思われるかも知れない。 しかし、この敵討は、全てにおいて異例尽くしだったのである。