GT-R開発にも負けていない、これぞクルマ屋の仕事! 日産マーチ12SRは、どんなホットハッチだったのか?
これは「日産のアルピナ」だ!
中古車バイヤーズガイドとしても役にたつ『エンジン』蔵出しシリーズ。今回は2008年7月号に掲載された日産マーチ12SRの時期を取り上げる。当時、オーテックジャパンにはひとりの傑物がいた。その名は中島繁治。日産のベーシック・コンパクト、マーチのそのまたベーシック・モデルである1.2リッター車を素材に、とんでもなく素晴らしいクルマを誕生させた男だ。その中島氏が手がけたマーチの試乗車をモータージャーナリストの渡辺敏史はことあるごとに乗り続けてきたという。オーテックのマーチも今やちょっと古いクルマ。今また乗ってみたいクルマの1台! では渡辺氏の愛に溢れたリーポートをお楽しみください! 【写真7枚】モータージャーナリストの渡辺敏史が愛してやまなかった日産マーチ12SRを写真で見る ◆日本の看板、GT-R GT-Rがニュルのノルドで7分29秒台を出したという話が、こないだのGWに入ってきた。日産のというよりも、近頃とんといい話のない日本の看板を背負って立つクルマ。その偉業には素直に敬服する。 7分29秒台のクルマが今日も栃木で何十台も、月に直せば1000台も作られている現実。僕の世代に置き換えれば、これはベン・ジョンソンやカール・ルイスが月に1000人生まれているようなものだ。 しかもGT-R。タンスをひっくり返せばなんとかなりそうな価格である。そこでGT-Rを生活に招き入れることを想像した。朝刊を取りにいくと、車庫にカール・ルイスがいる。う~ん。閑静な住宅街でコーギーなんぞを散歩させている近隣住人にしてみれば、それはさながら鋲の首輪で繋がれて涎を垂らすドーベルマン。いくら「人なつっこいところもあるんですぅ~」と、ペットショップに言われても、その暑苦しい現実に向き合う日々は僕には余りに重い。 性能が極限の領域にスッ飛んでいるGT-Rに対して日産のスポーツ・モデル一覧をみると、下側の一方にマーチ12SRというクルマがちょこんといる。 普通のマーチと考えればちっと高いなぁと思うこのクルマは、購入や維持にまつわる云々も普通のヤツとなんら変わらない。でも作っているのはオーテックという日産の関連会社だ。そこには中島繁治さんというオジさんがいて、素のマーチをネタに、手塩にかけて育て上げた。 コンパクト・スポーツの気持ちよさを味わうなら1.4リッターモデルをベースにするのはやめよう。フィーリングもパフォーマンスも1.2リッターモデルがベストだ。ボディはただやみくもに補強すればいいというもんじゃあない。安価で売るには生産性も大事。中島さんはこうした考えのもと、「これぞ!」という答えを探るために朝のホニャララを何度も走り込んだ。 筑波1分14秒台のイメージは常に持っていたが、まずは普通に乗って楽しいもんでなきゃあいかん。アシの仕様決めのため、深夜のホニャララを2万kmは走り込んだ。 中島さんの話は含蓄に満ちていて、かつ汗臭い。CADなんかこれっぽっちも信用してないと言わんがばかりに、開発者がどれだけ汗を流したかの話に終始する。その一方で基礎剛性解析などは日産のスーパー・コンピューターにねじ込んだりと、割り切るところはしっかり割り切ってもいる。バッティング・マシンを買ってもらった野球部なんていうのは、古いたとえだろうが、基本はとにかくうさぎ跳びと、そういう環境で12SRは生まれてきたわけだ。 ◆地球に生まれてよかった~ そんな12SRに初めて乗ったのは5年前。乗った瞬間に驚いたのはそのバケっぷりだ。一見、大袈裟な造作はなにもないのに、走る、曲がる、止まるのすべてが素のマーチとは別物になっている。カムに乗るという表現がピッタリの、古臭いけど気持ちいいエンジンのフィーリング。960kgというボディの軽さがそれに呼応するようにビビッドに反応する。相手の凡打すら血の通った芸術に変える、それはあたかも長嶋茂雄のダブル・プレイを見せられているような感動だった。世界陸上を見た織田裕二じゃないが「地球に生まれてよかった~!」とは、まさにこういうクルマに乗った時のことを言うんだと思う。 以来僕は、ことあるごとに広報車を引っ張り出し、そして辺り構わず12SRの凄さを吹聴しまくった。時には「日産のアルピナ!」とまで言い放った。今日、改めて乗る12SRは懸案だったパワステやペダル類の操作フィールも改善され、ピタリとクルマの芸風に寄り添っている。その仕事の入念さは、もはやアルピナ撃沈級かもしれない。 オーテックは汗で見事にコンパクト・スポーツというミッションを完遂し、12SRを完成した。GT-R開発にも負けていない、これぞクルマ屋の仕事である。しかもこっちはタンスをひっくり返さなくても買える178万2900円だ! 文=渡辺敏史 写真=望月浩彦 (ENGINE2008年7月号)
ENGINE編集部
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